• URLをコピーしました!

黒手組

著者:江戸川乱歩

くろてぐみ - えどがわ らんぽ

文字数:17,885 底本発行年:1931
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
0
0
0


(上)あらわれたる事実

またしても明智小五郎の手柄話です。

それは、私が明智と知合になってから一年程たった時分の出来事なのですが、事件に一種劇的な色彩があって中々面白かったばかりでなく、それが私の身内のものの家庭を中心にして行われたという点で、私には一層忘れがたいのです。

この事件で、私は、明智に暗号解読のすばらしい才能のあることを発見しました。 読者諸君の興味の為に、彼の解いた暗号文というのを先ず冒頭に掲げて置きましょうか。

一度お伺いしたい/\と存じながらつい

好い折がなく失礼ばかり致して居ります

割合にお暖かな日がつゞきますのね是非

此頃にお邪魔させていただきますわさていつ

ぞや[#「は」は「×」付き]つまらぬ品物をお贈りしましたところ

叮嚀なお礼を頂き痛み入りますあの手提てさげ

袋は実はわたくしがつれ/″\のすさびに

みず[#「か」は「×」付き]つたな刺繍ししゅうをしました物で却ってお

叱りを受けるかと心配したほどですのよ

歌の方は近頃はいかが?時節柄御身お大

切に遊ばして下さいましさよなら

これはある葉書の文面です。 忠実に原文通り記して置きました。 文字を抹消したところから各行の字詰に至るまで凡て原文のままです。

さてお話ですが、当時私は避寒旁々かたがた少し仕事を持って、熱海あたみ温泉のある旅館に逗留とうりゅうしていました。 毎日幾度となく湯につかったり、散歩したり、寝転んだり、そしてその暇々ひまひまに筆をったりして至極暢気のんきに日を送っていたのです、ある日のことでした。 又しても一風呂あびて好い気持に暖まった身体を、日当りのいい縁側の籐椅子とういすに投げかけ、何気なくその日の新聞を見ていますと、ふと大変な記事が眼につきました。

当時都には「黒手組」と自称する賊徒ぞくとの一団が人もなげに跳梁ちょうりょうしていまして、警察のあらゆる努力もその甲斐なく、昨日は某の富豪がやられた。 今日は某の貴族が襲われたと、噂は噂を産んで、都の人心は兢々きょうきょうとして安き日もなかったのです。 従って新聞の社会面なども、毎日毎日その事で賑っていましたが、今日とても「神出鬼没の怪賊云々うんぬん」という様な三段抜きの大見出しで相も変らず書立てています。 併し私はそうした記事にはもう慣れっこになっていて別に興味を惹かれませんでしたが、その記事の下の方に、色々と黒手組の被害者の消息を並べた中に、小さい見出しで「××××氏襲わる」という十二三行の記事を発見して非常に驚きました。 といいますのは、その××××氏はかく云う私の伯父だったからです。 記事が簡単でよく分りませんけれど、何でも娘の富美子ふみこが賊に誘拐され、その身代金として一万円を奪われたということらしいのです。

私の実家は極く貧乏で、私自身もこうして温泉場に来てまで筆稼ぎをしなければならぬ程ですが、伯父はどうして中々金持なのです。 二三の相当な会社の重役なども勤めていますし、十分「黒手組」の目標になる資格はありました。 日頃なにかと世話になっている伯父のことですから、私は何をいても見舞に帰らなければなりません。 身代金をとられてしまうまで知らずにいたのは迂濶うかつ千万です。 きっと伯父の方では私の下宿へ電話位はかけていたのでしょうが、今度の旅行はどこへも知らせずに来ていましたので、新聞の記事になってから始めてこの不祥事を知った訳なのです。

そこで、私は早速行李こうりまとめて帰京しました。 そして旅装を解くやいなや伯父のやしきへ出掛けました。 行って見ますと、どうしたというのでしょう。 伯父夫婦が仏壇の前で一心不乱に団扇うちわ太鼓や拍子木を叩いて御題目を唱えているではありませんか。 一体彼等の一家は狂的な日蓮宗にちれんしゅうの信者で、一にも二にも御祖師様おそしさまなんです。 ひどいのは、一寸ちょっとした商人でさえも、先ず宗旨しゅうしを確めた上でなければ出入を許さないという始末でした。 しかしそれにしても、いつも御勤めをする時間ではないのにおかしなこともあるものだと思い、様子を聞きますと、驚いたことには、事件はまだ解決していないのでした。

(上)あらわれたる事実

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

黒手組 - 情報

黒手組

くろてぐみ

文字数 17,885文字

著者リスト:

底本 江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者

親本 江戸川乱歩全集 第四巻

青空情報


底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年7月20日初版1刷発行
   2012(平成24)年8月15日7刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第四巻」平凡社
   1931(昭和6)年8月
初出:「新青年」博文館
   1925(大正14)年3月
※「届出」と「届け出」、「富美」と「富美子」の混在は、底本通りです。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2016年9月9日作成
2016年11月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:黒手組

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!