サーカスの怪人
著者:江戸川乱歩
サーカスのかいじん - えどがわ らんぽ
文字数:74,779 底本発行年:1988
骸骨 紳士
ある夕がた、少年探偵団の名コンビ
ノロちゃんというのは、
井上一郎君は、団員のうちで、いちばんからだが大きく、力も強いのです。
そのうえ、おとうさんが、もと
ふたりは、両側に長いコンクリートべいのつづいた、さびしい町を歩いていますと、ずっとむこうの町かどから、ひとりの紳士があらわれ、こちらへ歩いてきました。 ねずみ色のオーバーに、ねずみ色のソフトをかぶり、ステッキをついて、とことこと歩いてくるのです。
二少年は、その人のすがたを、遠くから、ひと目みたときに、なぜかゾーッと身がちぢむような気がしました。 むこうのほうから、つめたい風が吹いてくるような感じで、からだが寒くなってきたのです。
しかし、夕ぐれのことですから、その人の顔は、まだ、はっきり見えません。 ふたりは、そのまま歩いていきました。 紳士と二少年のあいだは、だんだん近づいてきます。 そして、十メートルほど近よったとき、やっと、紳士の恐ろしい顔が見えたのです。
ノロちゃんが、「アッ!」と、小さい叫び声をたてました。 井上君は、それをとめようとして、グッと、ノロちゃんの腕をつかみました。
ああ、恐ろしい夢でも見ているのではないでしょうか。
その紳士の顔は、生きた人間ではなかったのです。
まっ黒な目。
はじめは黒めがねをかけているのかと思いましたが、そうではなかったのです。
目はまっ黒な二つの穴だったのです。
鼻も三角の穴です。
そして、くちびるはなくて、長い上下の歯が、ニュッとむき出しになっているのです。
それは
二少年は、夕ぐれどきのお化けに出あったのでしょうか。 あれを見てはいけないと思いました。 あの顔を見ていると、恐ろしいことがおこるような気がしました。 ふたりは、コンクリートべいのほうをむいて、立ちどまり、骸骨の顔を見ないようにしました。 そして、はやく、いきすぎてくれればよいと、いのっていました。
ふたりのうしろを、いま、骸骨紳士が歩いていくのです。 こと、こと、と靴の音がしています。 その音が、ちょうど、ふたりのまうしろにきたとき、ぱったり聞こえなくなってしまいました。
骸骨紳士が立ちどまったのです。 あのまっ黒な目で、ふたりのうしろすがたを、じろじろ見ているのではないでしょうか。
二少年は、そう思うと、恐ろしさに息もとまるほどでした。 井上君には、ノロちゃんの、がくがくふるえているのが、よくわかります。
いまにも、うしろからつかみかかってくるのではないか、あの長い歯で、食いつかれるのではないか、そして、まっ暗な地の底の地獄へ、つれていかれるのではないかと思うと、生きたここちもありません。