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雨の玉川心中 01 太宰治との愛と死のノート

著者:山崎富栄

あめのたまがわしんじゅう - やまざき とみえ

文字数:61,412 底本発行年:1977
著者リスト:
著者山崎 富栄
底本: 雨の玉川心中
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序章-章なし

[#ページの左右中央]

愛してしまいました。先生を愛してしまいました。

三月二十七日〜十月十七日

[#改丁]

三月二十七日

今野さんの御紹介で御目にかかる。 場所は何と露店のうどんやさん。 特殊な、まあ、私達からみれは、やっぱり特殊階級にある人である――作家という。 流説にアブノーマルな作家だとおききしていたけれど、“知らざるを知らずとせよ”の流法で御一緒に箸をとる。 “貴族だ”と御自分で仰言おっしゃるように上品な風采ふうさい

初めの頃は、御酒気味な先生のお話を笑いながら聞いていたけれども、たび重ねて御話を伺ううちに、表情、動作のなかから真理の呼び声、叫びのようなものを感じて来るようになった。 私達はまだ子供だと、つくづく思う。

先生は、現在の道徳打破の捨石になる覚悟だと仰言る。 また、キリストだとも仰言る。 ――「悩み」から何年遠ざかっていただろうか。 あのときから続けて勉強し、努力していたら、先生のお話からも、どれほど大切な事柄が学ばれていたかと思うと、悲しい。 こうしてお話を伺っていても漠然としか理解できないことは、情けない。

千草で伺った御言葉に涙した夜から、先生の思想と共になら、あのときあの言葉ではないけれども――「死すとも可なり」という心である。

聖書ではどんな言葉を覚えていらっしゃいますか、の問いに答えて私は次のように答えた。 「機にかなって語る言葉は銀の彫刻物に金の林檎りんごめたるが如し」。 「吾子よ我ら言葉もて相愛することなく、行為と真実とをもてすべし」。 新聞社の青年と、今野さんと私とでお話したとき、情熱的に語る先生と、青年の真剣な御様子と、思想の確固さ。 そして道理的なこと。 人間としたら、そうるべき道の数々。 何か、私の一番弱いところ、真綿でそっと包んででもおいたものを、鋭利なナイフで切り開かれたような気持ちがして涙ぐんでしまった。

戦闘、開始! 覚悟をしなければならない。 私は先生を敬愛する。

四月三十日

まだ、ついこの間御逢いしたと思っていたのに、もう一カ月経ってしまうとは。 初めの頃は御一緒に席についていても手持ち無沙汰で、先生のおタバコばかりっていたせいか、大変に数を喫うようになってしまった。 指先が黄色くなるのを気にしているけれども、かさねてはかなわない。

先生の性格から一番強く感じられるのは、優しさと、寂しさである。 何故か知らない。

「なんじ断食するとき頭に油をぬり顔を洗え、苦しみは誰にだってあるのだ。 ああ、断食は微笑と共に行え。 せめてもう十年努力してから、そのときは真に怒れ。 僕はまだ一つの創造さえしていないじゃないか」

五月一日

“単なる友達として異性と遊ぶことすら、現代の若人にはできない。

序章-章なし
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雨の玉川心中 - 情報

雨の玉川心中 01 太宰治との愛と死のノート

あめのたまがわしんじゅう 01 だざいおさむとのあいとしののーと

文字数 61,412文字

著者リスト:
著者山崎 富栄

底本 雨の玉川心中

青空情報


底本:「雨の玉川心中」真善美研究所
   1977(昭和52)年6月13日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「グッド・バイ」と「グット・バイ」の混在は、底本通りです。
※「(注・」「(註・」ではじまる注記は、編者による加筆です。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
※表題、副題は、底本編集時に与えられたものです。
※大見出しは、作品中の文言をとって、底本編集時に与えられたものです。
※誤植を疑った箇所を、「愛は死と共に」石狩書房、1948(昭和23)年9月10日発行の表記にそって、あらためました。
※「註記。」として本文に挿入されている太宰治の書簡は、底本(縦書き)では五月十六日付けの日記末尾から五月十八日の見出しまでの箇所のページ下側のスペースにはめ込む形で挿入されています。
入力:江村秀之
校正:酒井和郎
2017年4月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:雨の玉川心中

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