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銭形平次捕物控 001 金色の処女

著者:野村胡堂

ぜにがたへいじとりものひかえ - のむら こどう

文字数:12,190 底本発行年:1954
著者リスト:
著者野村 胡堂
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序章-章なし

これは錢形平次の最初の手柄話で、この事件が平次を有名にしたのです。 この頃お靜はまだ平次の女房になつて居ず、ガラツ八も現はれては居りません。

「平次、折入つての頼みだ。 引受けてくれるか」

「へエ――」

錢形の平次は、相手の眞意をはかり兼ねて、そつと顏を上げました。 二十四、五の苦み走つた好い男、藍微塵あゐみぢんの狹いあはせが膝小僧を押し隱して、彌造やざうに馴れた手をソツと前に揃へます。

「一つ間違へば、御奉行朝倉石見守あさくらいはみのかみ樣は申すに及ばず、御老中方に取つても腹切はらきり道具だ。 押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやつて見てはくれまいか」

と言ふのは、南町奉行與力の筆頭笹野さゝの新三郎、奉行朝倉石見守の智惠嚢ちゑぶくろと言はれた程の人物ですが、不思議に高貴な人品骨柄です。

「頼むも頼まないも御座いません。 先代から御恩になつた旦那樣の大事とあれば、平次の命なんざ物の數でも御座いません。 どうぞ御遠慮なく仰しやつて下さいまし」

敷居の中へゐざり入る平次、それをさし招くやうに座布團を滑り落ちた新三郎は、

上樣うへさまには、又雜司ざふしの御鷹狩たかがりを仰せ出された」

「エツ」

「先頃、雜司ヶ谷御鷹狩の節の騷ぎは、お前も聞いたであらう」

「薄々は存じて居ります」

それは平次も聽き知つて居りました。 三代將軍家光公が、雜司ヶ谷鬼子母神きしもじんのあたりで御鷹を放たれた時、何處からともなく飛んで來た一本の征矢そやが、危ふく家光公の肩先をかすめ、三つ葉あふひの定紋を打つた陣笠の裏金に滑つて、眼前三歩のところに落ちたといふ話。

それツ――と立ちどころに手配しましたが、曲者の行方ゆくへは更にわかりません。

後で調べて見ると、鷹の羽をいだ箆深のぶか眞矢ほんやで、白磨き二寸あまりの矢尻やじりには、松前のアイヌが使ふと言ふ『トリカブト』の毒が塗つてあつたと言ふことです。

「その曲者も召捕らぬうちに、上樣には再度雜司ヶ谷の御鷹野を仰せ出された。 御老中は申すに及ばず、お側の衆からもいろ/\諫言かんげんを申上げたが、上樣日頃の御氣性で、一旦仰せ出された上は金輪際こんりんざい變替は遊ばされぬ。 そこで御老中方から、朝倉石見守樣へ直々のお頼みで、是が非でも御鷹野の當日までに、上樣を遠矢にかけた曲者を探し出せとのお言葉だ。 何んとか良い工夫はあるまいか」

一代の才子笹野新三郎も、思案に餘つて岡つ引風情の平次にすがり付いたのです。

「よく仰しやつて下さいました。 御用聞冥利みやうり、この平次が手一杯にお引受け申しませう。 就ては旦那、私が聞き度いと思ふことを、皆んな隱さずに仰しやつて頂けませうか」

「それは言ふ迄もない事だ。 何んなりとに落ちない事があつたら訊くが宜い」

「ではお尋ねしますが、上樣を雜司ヶ谷のお鷹野に引付けるのは、何にか深い仔細しさいが御座いませう。 小鳥の居るのは雜司ヶ谷ばかりぢや御座いません。 目黒にも桐ヶ谷にも千住にも、この秋はことの外獲物えものが多いといふ評判で御座います。 それが何うしたわけで――」

「これ/\、段々聲が高くなるではないか」

「へエ――、でもこれが判らなかつた日には手の付けやうが御座いません」

序章-章なし
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銭形平次捕物控 - 情報

銭形平次捕物控 001 金色の処女

ぜにがたへいじとりものひかえ 001 こんじきのおとめ

文字数 12,190文字

著者リスト:
著者野村 胡堂

底本 錢形平次捕物全集第二十二卷 美少年國

青空情報


底本:「錢形平次捕物全集第二十二卷 美少年國」同光社
   1954(昭和29)年3月25日発行
初出:「オール讀物」文藝春秋社
   1931(昭和6)年4月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:門田裕志
2014年1月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:銭形平次捕物控

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