月夜とめがね
著者:小川未明
つきよとめがね - おがわ みめい
文字数:3,745 底本発行年:1951
町も、野も、いたるところ、
おだやかな、月のいい
ランプの火が、あたりを平和に照らしていました。 おばあさんは、もういい年でありましたから、目がかすんで、針のめどによく糸が通らないので、ランプの火に、いくたびも、すかしてながめたり、また、しわのよった指さきで、ほそい糸をよったりしていました。
月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。
なまあたたかな水の中に、
目ざまし時計の音が、カタ、コト、カタ、コトとたなの上できざんでいる音がするばかりで、あたりはしんとしずまっていました。
ときどき町の人通りのたくさんな、にぎやかな
おばあさんは、いま自分はどこにどうしているのかすら、思いだせないように、ぼんやりとして、ゆめをみるようにおだやかな気持ですわっていました。
このとき、外の戸をコト、コトたたく音がしました。 おばあさんは、だいぶ遠くなった耳を、その音のする方にかたむけました。 いまじぶん、だれもたずねてくるはずがないからです。 きっとこれは、風の音だろうと思いました。 風は、こうして、あてもなく野原や、町を通るのであります。
すると、こんどは、すぐ窓の下に、小さな足音がしました。 おばあさんは、いつもににず、それをききつけました。
「おばあさん、おばあさん。」 と、だれかよぶのであります。
おばあさんは、さいしょは、自分の耳のせいではないかと思いました。 そして、手を動かすのをやめていました。
「おばあさん、
おばあさんは、だれが、そういうのだろうと思って、立って、窓の戸をあけました。 外は、青白い月の光が、あたりをひるまのように、明るく照らしているのであります。
まどの下には、
「私はおまえさんを知らないが、だれですか。」 と、おばあさんはいいました。
おばあさんは、見しらない男の顔を見て、この人はどこか家をまちがえてたずねてきたのではないかと思いました。
「私は、めがね売りです。 いろいろなめがねをたくさん持っています。 この町へは、はじめてですが、じつに気持のいいきれいな町です。 今夜は月がいいから、こうして売って歩くのです。」 と、その男はいいました。
おばあさんは、目がかすんで、よく針のめどに、糸が通らないでこまっていたやさきでありましたから、
「私の目にあうような、よく見えるめがねはありますかい。」 と、おばあさんはたずねました。