性に眼覚める頃
著者:室生犀星
せいにめざめるころ - むろう さいせい
文字数:39,544 底本発行年:1952
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大正八年十月
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私は七十に近い父と一しょに、寂しい寺領の奥の院で自由に暮した。 そのとき、もう私は十七になっていた。
父は茶が好きであった。
奥庭を覆うている
父はなれた手つきで
私はそのころ、習慣になったせいもあったが、その濃い重い液体を静かに愛服するというまでではなかったが、妙ににがみに甘さの交わったこの飲料が好きであった。 じっと舌のうえに置くようにして味うと、父がいつも言うように、何となく落ちついたものが精神に加わってゆくようになって、心がいつも鎮まるのであった。
「お前はなかなかお茶の飲みかたが
「いつの間にか覚えてしまったんです。 いつもあなたが服んでいるのを見ると、ひとりでに解ってくるじゃありませんか。」
「それもそうじゃ。 何んでも覚えて置く方がいい。」
そういうとき、父はいろいろな古い茶碗を取り出して見せてくれた。 初代近い釜らしいという古九谷の青や、まるで腐蝕されたような黒漆な石器や、黄と緑との強い支那のものなど、みな幾十年来の数繁き茶席の清い垢と光沢とによって磨かれたのが多かった。 そういうものは私にはわからなかったが、父の愛陶の心持がいつの間にか私をして、やはり解らぬままに陶器を好くようにさせていたことは実際であった。
父は、そのなかから薄い卵黄色の女もちにふさわしい一つの古い茶碗をとり出して、
「これはお前ののにするといい。」 と、私の手にわたした。
私はそれを茶棚の隅に置いて、自分のもちものにすることが嬉しかった。
父は
「お前御苦労だがゴミのないのを一杯汲んで来ておくれ。」
私がうるさく思いはせぬかと気をかねるようにして、いつも裏の
この犀川の上流は、大日山という白山の峯つづきで、水は四季ともに澄み透って、瀬にはことに美しい音があるといわれていた。
私は手桶を澄んだ瀬につき込んで、いつも、朝の一番水を汲むのであった。
上流の山山の峯うしろに、どっしりと聳えている飛騨の連峯を靄の中に眺めながら、新しい手桶の水を幾度となく汲み換えたりした。
汲んでしまってからも、新しい見事な水がどんどん流れているのを見ると、いま汲んだ分よりも
この朝ごとの時刻には向河岸では、酒屋の小者の水汲みが初まっていた。 小者はみな裸体になってあふれるほど汲んだ二つの手桶を天びんにかついで、街の方へ行った。
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性に眼覚める頃 - 情報
青空情報
底本:「或る少女の死まで 他二篇」岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年1月25日第1刷発行
2003(平成15)年11月14日改版第1刷発行
2005(平成17)年12月15日第3刷発行
底本の親本:「或る少女の死まで 他二篇」岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年1月刊
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:辻朔実
校正:門田裕志、小林繁雄
2012年12月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:性に眼覚める頃