• URLをコピーしました!

三国志 08 望蜀の巻

著者:吉川英治

さんごくし - よしかわ えいじ

文字数:155,448 底本発行年:1989
著者リスト:
著者吉川 英治
底本: 三国志(五)
底本2: 三国志(六)
0
0
0


降参船こうさんぶね

「この大機会を逸してどうしましょうぞ」

という魯粛ろしゅくいさめに励まされて、周瑜しゅうゆもにわかにふるい起ち、

「まず、甘寧かんねいを呼べ」と令し、営中の参謀部は、俄然、活気を呈した。

「甘寧にござりますが」

「おお、来たか」

「いよいよ敵へおかかりになりますか」

「然り。 ――汝に命ずる」

周瑜は厳かに、軍令をさずけた。

「かねての計画に従って、まず、味方の内へまぎれこんでいる蔡仲さいちゅう蔡和さいかのふたりをおとりとし、これを逆用して、敵の大勢をくつがえすこと。 ……その辺はぬかりなく心得ておろうな」

「心得ておりまする」

「汝はまず、その一名の蔡仲を案内者として、曹操に降参すととなえ、船を敵の北岸へ寄せて、烏林うりん上陸あがれ。 そして蔡仲の旗をかざし、曹操が兵糧を貯えおく粮倉ろうそうへ迫って、縦横無尽に火をつけろ。 火の手のさかんなるを見たら、同時に敵営へ迫って、側面から彼の陣地を攪乱こうらんせよ」

「承知しました。 して残る一名の蔡和はいかがいたしますか」

「蔡和は、べつに使いみちがあるから残して行くがよい」

甘寧が退がって行くと、周瑜はつづいて、太史慈たいしじを呼び、

「貴下は、三千余騎をひっさげて、黄州の堺に進出し、※(「さんずい+肥」、第3水準1-86-85)がっぴにある曹軍の勢に一撃を加え、まっしぐらに敵の本陣へかかり、火を放って焼き討ちせよ。 ――そしてくれないの旗を見るときは、わが主呉侯の旗下勢きかぜいと知れかし」

第三番目に、呂蒙りょもうを呼んだ。

呂蒙に向っては、

「兵三千をひいて、烏林へ渡り、甘寧と一手になって、力戦をたすけろ」

と命じ、第四の凌統りょうとうへは、

夷陵いりょうの境にあって、烏林に火のかかるのを見たら、すぐおめきかかれ」

と、それへも兵三千をあずけ、さらに、董襲とうしゅうへは、漢陽から漢川かんせん方面に行動させ、また潘璋はんしょうへも同様三千人を与えて、漢川方面への突撃を命じた。

こうして、先鋒六隊は、白旗を目じるしとして、早くも打ち立った。 ――水軍の船手も、それぞれ活溌なうごきを見せていたが、かねてこの一挙に反間の計をほどこさんものと手につばして待っていた黄蓋こうがいは、早速、曹操の方へ、人を派して、

「いよいよ時節到来。 今夜の二更に、呉の兵糧軍需品をあたうかぎりり出して、兵船に満載し、いつぞやお約束のごとく、貴軍へ降参に参ります。 依って、船檣せんしょうに青龍の牙旗がきをひるがえした船を見給わば、これ呉を脱走して、お味方の内へすべり込む降参船なりと知りたまえ」

と、云い送った。

ひそやかに、誠しやかに、こう曹操の方へは、諸事、しめし合わせを運びながら、黄蓋は着々とその夜の準備をすすめていた。 まず、二十艘の火船を先頭にたて、そのあとに、四隻の兵船をけた。 つづいて、第一船隊には、領兵軍官韓当がひかえ、第二船隊には同じく周泰、第三の備えに蒋欽しょうきん、第四には陳武と――約三百余艘の大小船が、みよしをならべて、夜を待ちかまえた。

すでに宵闇は迫り、江上の風波はしきりとれていた。 今暁からの東南風たつみかぜは、昼をとおして、なおもさかんに吹いている。

降参船こうさんぶね

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

三国志 - 情報

三国志 08 望蜀の巻

さんごくし 08 ぼうしょくのまき

文字数 155,448文字

著者リスト:
著者吉川 英治

底本 三国志(五)

青空情報


底本:「三国志(五)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年4月11日第1刷発行
   2010(平成22)年5月6日第56刷発行
   「三国志(六)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年5月11日第1刷発行
   2008(平成20)年2月1日第47刷発行
※副題には底本では、「望蜀(ぼうしょく)の巻(まき)」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2013年7月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:三国志

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!