断腸亭日乗 02 断膓亭日記巻之一大正六年丁巳九月起筆
著者:永井荷風
だんちょうていにちじょう - ながい かふう
文字数:4,361 底本発行年:1993
荷風歳卅九
九月十六日、
秋雨連日さながら梅雨の如し。 夜壁上の書幅を挂け替ふ。
碧樹如レ烟覆二晩波一。 清秋無レ尽客重過。 故園今即如二烟樹一。 鴻雁不レ来風雨多。 姜逢元
等閑二世事一任二
浮一。
万古滄桑眼底収。
偶□心期帰図画。
□□蘆荻一群鴎。
王一亭
先考所蔵の畫幅の中一亭王震が蘆雁の図は余の愛玩して措かざるものなり。
九月十七日。
また雨なり。
一昨日四谷通夜店にて買ひたる梅もどき一株を窗外に植ゆ。
此頃の天気模様なれば枯るゝ憂なし。
燈下反古紙にて箱を張る。
頻に縁側に上りて啼く。
寝に就かむとする時机に凭り小説二三枚ほど書き得たり。
九月十八日。
朝来大雨。 庭上雨潦河をなす。
九月十九日。
秋風庭樹を騒がすこと頻なり。 午後市ヶ谷辺より九段を散歩す。
九月二十日。
昨日散歩したるが故にや今朝腹具合よろしからず。 午下木挽町の陋屋に赴き大石国手の来診を待つ。 そも/\この陋屋は大石君大久保の家までは路遠く徃診しかぬることもある由につき、病勢急変の折診察を受けんが為めに借りたるなり。 南鄰は区内の富豪高嶋氏の屋敷。 北鄰は待合茶屋なり。 大石君の忠告によれば下町に仮住居して成るべく電車に乗らずして日常の事足りるやうにしたまへとの事なり。 されど予は一たび先考の旧邸をわが終焉の処にせむと思定めてよりは、また他に移居する心なく、来青閣に隠れ住みて先考遺愛の書画を友として、余生を送らむことを冀ふのみ。 此夜木挽町の陋屋にて独三味線さらひ小説四五枚かきたり。 深更腹痛甚しく眠られぬがまゝ陋屋の命名を思ふ。 遂に命じて無用庵となす。
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断腸亭日乗 - 情報
断腸亭日乗 02 断膓亭日記巻之一大正六年丁巳九月起筆
だんちょうていにちじょう 02 だんちょうていにっきまきのいちたいしょうろくねんひのとみくがつきひつ
文字数 4,361文字
底本 荷風全集 第二十一巻
青空情報
底本:「荷風全集 第二十一巻」岩波書店
1993(平成5)年6月25日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、次の箇所では、大振りにつくっています。
「午後市ヶ谷辺より九段を散歩す。」
※底本は「九月十六日」から「九月二十日」までの日付の上、判面の外に、「○」印を付しています。「九月十六日」の「○」には、「〔原本欄外朱丸、以下同ジ〕」と注記されています。
入力:米田
校正:小林繁雄
2012年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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青空文庫:断腸亭日乗