紙風船(一幕)
著者:岸田國士
かみふうせん(ひとまく) - きしだ くにお
文字数:7,471 底本発行年:1931
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人物
夫
妻
時 晴れた日曜の午後
所 庭に面した座敷
[#改ページ]
夫 (縁側の籐椅子に倚り、新聞を読んでゐる)
「米国フラー建材会社のターナー支配人が一日目白文化村を訪れて、おゝロスアンゼルスの縮図よ! と申しましたやうに、目白文化村は今日瀟洒たる美しい住宅地になりました」
妻 (縁側近く座蒲団を敷き、編物をしてゐる)なに、それは。
夫 (読み続ける)「四万坪の地区には、整然たる道路、衛生的な下水水道電熱供給装置テニスコート等の設備があり多くの小綺麗なバンガローや荘重なライト式建築、さては、優雅な別荘風の日本建築などが、富士の眺めや樹木に富む高台一帯の晴れやかな環境に包まれて……」(新聞を投げ出し)おい、散歩でもして見るか。
妻 いゝから、川上さんとこへ行つてらつしやいよ。
夫 是非行かなくつてもいゝんだよ。
妻 あたしは、思ひ立つた時すぐでなけれやいやなの。
夫 散歩か。
妻 散歩でもなんでも……。
(間)
夫 散歩でもなんでもつたつて、ほかに何かすることがあるかい。
妻 ないから、それでいゝぢやないの。
夫 あ。
妻 川上さんとこへいらしつたらどう、そんなこと云つてないで。
夫 もう行きたくないよ。
妻 行つてらつしやいよ、ね。
夫 行かないよ、お前のそばにゐたいんだよ。 わからない奴だなあ。
妻 わかつてますよ、憚りさま。
(間)
夫 あゝあ、これがたまの日曜か。
妻 ほんとよ。
夫 (また新聞を拾ひ上げ、読むともなしに)
かういふ場合の処置なんていふことを、新聞で懸賞募集でもして見たら、面白いだらうな。
妻 あたし出すの。
夫 (新聞に見入りながら、興味がなさゝうに)何んて出す。
妻 問題はなんて云ふの。
夫 問題か……問題はね、結婚後一年の日曜日を如何に過すか……。
妻 それぢや、わからないわ。
夫 わからないことはないさ。 ぢや、お前云つて見ろ。
妻 日曜日に妻が退屈しない方法。