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港に着いた黒んぼ

著者:小川未明

みなとについたくろんぼ - おがわ みめい

文字数:6,856 底本発行年:1976
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著者小川 未明
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序章-章なし

やっと、とおばかりになったかとおもわれるほどの、おとこふえいています。 そのふえは、ちょうど秋風あきかぜが、れたらすように、あわれなおとをたてるかとおもうと、はるのうららかなに、みどりいろうつくしい、もりなかでなく小鳥ことりこえのように、かわいらしいおとをたてていました。

そのふえいた人々ひとびとは、だれがこんなに上手じょうずに、またあわれにふえいているのかとおもって、そのまわりにってきました。 するとそれは、とおばかりのおとこで、しかもその子供こどもは、弱々よわよわしくえたうえに、盲目めくらであったのであります。

人々ひとびとは、これをて、ふたたびあっけにとられていました。

「なんという、不憫ふびん子供こどもだろう?」と、こころおもわぬものはなかった。

しかし、そこには、ただその子供こどもが、一人ひとりいたのではありません。 その子供こどもねえさんともえる十六、七のうつくしいむすめが、子供こどもふえにつれて、うたをうたって、おどっていたのでありました。

むすめは、水色みずいろ着物きものをきていました。 かみは、ながく、ほしのようにかがやいてんでいました。 そして、はだしですなうえに、かるやかにおどっている姿すがたは、ちょうど、花弁はなびらかぜうようであり、また、こちょうのんでいる姿すがたのようでありました。 むすめは、人恥ひとはずかしそうにひくこえでうたっていました。 そのうたは、なんといううたであるか、あまりこえひくいのできとることは、みんなにできなかったけれど、ただ、そのうたをきいていると、こころとおい、かなたのそらせ、また、さびしいかぜく、ふか森林しんりん彷徨さまよっているようにたよりなさと、かなしさをかんじたのであります。

人々ひとびとは、このあねおとうとが、毎日まいにちどこから、ここにやってきて、こうしてうたをうたい、ふえいておかねをもらっているのかりませんでした。 それは、どこにもこんなあわれな、うつくしい、またやさしい、乞食こじきたことがなかったからであります。

この二人ふたりは、まったくおやもなければ、たよるものもなかった。 このひろ世界せかいに、二人ふたり両親りょうしんのこされて、こうしていろいろとつらいめをみなければならなかったが、なかにも弱々よわよわしい、盲目めくらおとうとは、ただあねいのちとも、つなとも、たよらなければならなかったのです。 やさしいあねは、不幸ふこうおとうとこころからあわれみました。 自分じぶんいのちえても、おとうとのためにくそうとおもいました。 この二人ふたりは、このにもめずらしいなかのよい姉弟きょうだいでありました。

おとうとは、まれつきふえ上手じょうずで、あねは、まれつきこえのいいところから、二人ふたりは、ついにこのみなとちかい、広場ひろばにきて、いつごろからともなくふえき、うたをうたって、そこにあつまる人々ひとびとにこれをかせることになったのです。

朝日あさひのぼると二人ふたりは、天気てんきには、かさずに、ここへやってきました。 あねは、盲目めくらおとうといてきました。 そして、終日しゅうじつ、そこでふえき、うたをうたって、れるころになると、どこへか、二人ふたりかえってゆきました。

かがやいて、あたたかなかぜが、やわらかなくさうえわたるときは、ふえうたこえは、もつれあって、あかるいみなみうみほうながれてゆきました。

あねは、毎日まいにちのように、こうしておどったり、うたをうたったりしましたけれど、おとうとふえくと、いつも、つかれるということをすこしもおぼえませんでした。

元来がんらい内気うちきなこのむすめは、人々ひとびとがまわりにたくさんあつまって、みんなが自分じぶんうえけているとおもうとずかしくて、しぜんうたこえ滅入めいるようにひくくはなりましたけれど、そのとき、おとうとふえみみかたむけると、もう、自分じぶんは、ひろい、ひろい、はなみだれた野原のはらなかで、ひと自由じゆうけているような心地ここちがして、大胆だいたんに、をこちょうのようにかるげて、おもしろくおどっているのでした。

あるなつのことでありました。 その太陽たいようは、はやくからがって、みつばちははなたずねてあるき、広場ひろばのかなたにそびえる木立こだちは、しょんぼりとしずかに、ちょうどたかひとっているように、うるんだそらしたがってえました。

みなとほうでは、出入でいりするふねふえおとが、にぶこえていました。 あかるい、あめいろそらに、くろけむりあとがわずかにただよっている。 それは、これから、あおい、あおなみけて、とおてゆくふねがあるのでありました。

そのも、二人ふたりのまわりには、いつものごとく、ひと黒山くろやまのようにあつまっていました。

「こんないい、ふえいたことがない。」 と、一人ひとりおとこがいいました。

わたしは、ほうぼうあるいたものだが、こんないいふえいたことがなかった。 なんだか、このふえいていると、わすれてしまった過去かこのことが、一つ、一つこころそこかびがってえるようながする。」 と、一人ひとりおとこがいいました。

「あれでがあいていたら、どんなかわいいおとこでしょう。」

序章-章なし
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港に着いた黒んぼ - 情報

港に着いた黒んぼ

みなとについたくろんぼ

文字数 6,856文字

著者リスト:
著者小川 未明

底本 定本小川未明童話全集 2

青空情報


底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社
   1976(昭和51)年12月10日第1刷
   1982(昭和57)年9月10日第7刷
初出:「童話」
   1921(大正10)年6月
※表題は底本では、「港(みなと)に着(つ)いた黒(くろ)んぼ」となっています。
※初出時の表題は「港に着いた黒んぼの話」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:富田倫生
2012年5月23日作成
2012年9月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:港に着いた黒んぼ

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