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透明人間

著者:ハーバート・ジョージ・ウエルズ

とうめいにんげん

文字数:74,224 底本発行年:1982
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底本: 透明人間
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黒馬旅館(くろうまりょかん)の客(きゃく)

影(かげ)のような男

怪物(かいぶつ)!

そうだ、怪物にちがいない。

怪物(かいぶつ)でなくて、なんだろう? 科学(かがく)が発達(はったつ)した、いまの世の中に、東洋(とうよう)の忍術使(にんじゅつつか)いじゃあるまいし、姿(すがた)がみえない人間(にんげん)がいるなんて、これは、たしかに変(へん)だ。 奇怪(きかい)だ!

しかし、それは、ほんとうの話だった。 怪物(かいぶつ)ははじめに、ものさびしい田舎(いなか)にあらわれた。 それからまもなく、あちこちの町にも出没(しゅつぼつ)するようになったのである。 たいへんな騒(さわ)ぎになったことは、いうまでもない。

その怪物(かいぶつ)の姿(すがた)は、まるっきり見(み)えないのである。 すきとおっていて、ガラス、いや空気(くうき)のように透明(とうめい)なのだ。 諸君(しょくん)は、そんなことがあるもんか――と、いうだろう。 だが、待ちたまえ!

怪物(かいぶつ)が、はじめて田舎(いなか)のその村にやってきたのは、たしか二月もおわりに近い、ある寒(さむ)い朝のことだった。 身(み)をきるような風(かぜ)がふいて、朝から粉雪(こなゆき)がちらちら舞(ま)っていた。 こんな寒い日は、土地のものだって外を出あるいたりはしない。

その男は、丘(おか)をこえて、ブランブルハースト駅(えき)から歩(ある)いてきたとみえ、あつい手袋(てぶくろ)をはめた手に、黒いちいさな皮(かわ)かばんをさげていた。 からだじゅうを、オーバーとえりまきでしっかり包(つつ)んで、ぼうしのつばをぐっとまぶかにおろし、空気(くうき)にふれているところといったら、寒(さむ)さで赤くなっている鼻(はな)さきだけであった。 なんともいいようのない、ぞっとするようなふんいきを、あたりにただよわせながら、黒馬旅館(くろうまりょかん)のドアをおしひらいてはいってきたのである。

「こう寒(さむ)くちゃあやりきれない。 火だ! さっそくへやに、火をおこしてもらいたいな」

酒場(さかば)へ、ずかずかとはいってくるなり、ぶるるんと、からだをゆさぶって雪(ゆき)をはらいおとし、黒馬旅館の女あるじに向かって、そう言った。

いまどき、めずらしい客(きゃく)である。 こんな冬の季節(きせつ)に、しかもこんなへんぴな土地に、旅(たび)の商人(しょうにん)だってめったにきたことはないのだ。 おかみさんは、びっくりもし、なげだされた二枚の金貨(きんか)をみると、すっかりよろこんでしまった。

「とうぶん、とめてもらうから」

客(きゃく)をへやに案内(あんない)すると、暖炉(だんろ)に火をもやしてたきぎをくべ、台所(だいどころ)でお手伝いにてつだわせて、おかみさんはせっせと食事(しょくじ)のしたくをした。

スープ皿(さら)、コップなどを客室(きゃくしつ)にはこんで、食卓(しょくたく)のよういをととのえた。 暖炉(だんろ)の火はさかんにもえて、ぱちぱちと音をたてている。

ところが、火にあたっている客(きゃく)はこちらに背(せ)をむけたまま、ぼうしもオーバーもぬごうとはしないで、つっ立っている。 中庭(なかにわ)にふりつもる雪をみつめながら、なにか考えているようだった。 オーバーの雪がとけて、しずくが床(ゆか)のじゅうたんの上にしたたり落ちていた。

「もし、あのう、おぼうしとオーバーを、おぬぎになりましたら? 台所(だいどころ)でかわかしてまいりますわ」

と、おかみさんが声をかけた。

「いいんだ」

ふりむきもしないで、客が、ぶっきらぼうに言った。 おかみさんはあわてて、残りの皿をとりに台所へもどった。

料理(りょうり)をはこんで、もういちど客室(きゃくしつ)にきてみると、客はまだ、さっきとおなじ姿勢(しせい)で窓(まど)のほうをむいていた。

「お食事(しょくじ)のよういができました」

黒馬旅館(くろうまりょかん)の客(きゃく)

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透明人間 - 情報

透明人間

とうめいにんげん

文字数 74,224文字

著者リスト:

底本 透明人間

青空情報


底本:「透明人間」ポプラ社文庫、ポプラ社
   1982(昭和57)年7月第1刷
   1984(昭和59)年9月第5刷
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2010年7月31日作成
2013年1月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:透明人間

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