二十歳のエチュード
著者:原口統三
はたちのエチュード - はらぐち とうぞう
文字数:56,714 底本発行年:1952
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衆人皆有以。 而我独頑似鄙。 我独異於人。 而貴食母。
――老子第二十絶学無憂章――
[#改丁]
訣別の辞に代えて
ところが今日、僕はふと「寒い」と思ったのだ。
僕はきっと夢を見て来たのに違いない。
―Etudes
―
一明君
「自己の思想を表現してみることは、
右の最後の反省と共に、僕はこの小さな三つのノートを、君の手に渡そうと思う。
長い間筆を捨てて来た僕が臨終の直前まで来て、まだ一度も試みたことのないこうした感想録を作らずにおれなかったのは、やはり弱気の
君に渡すとすれば、もっと綺麗に、粗雑な文体も直した上で手放したいのだが、僕にはもうその気力がないのだ。 我慢して受けてくれたまえ。
君はおぼえているだろうが、僕はよくドイツ人の悪口を言うときにこう語ったものだった。 「ゲルマン人の思考の仕方は、城廓を築いてその中に安住する」このエチュードを記した後で、僕は自分の書き方に対してこの評言を与えざるをえない。 それから、考えて見ることは、言葉を裏切った僕自分が、時にはやはり言葉で、動いたということだ。 自分の思想を裏づけようとする時には、そうなるのは当然だし、プラトンの対話篇におけるソクラテスは、常に僕らの後を追い廻している。 それにしても、僕の認識は、いつでも言葉の届かない所を歩いていたはずだ。
僕が君たちと離れて暮らした、昨年の暮れから今年の春にかけて、書き溜め、そして破り棄てた数々の詩篇や創作、自ら誇った「新しい日本語」を残すほうが、どれだけ君にとっては好いことだろうね。 しかし、白状するが、僕には再び思い出して見る元気もないのだ。 僕は疲れている。
一明君
世の中には人の言ったことばかりを覚えている者もあるし、その声の主調低音だけしか記憶に残らないような種類の脳髄もある。
表現は
別離の時とはまことにある。 僕もまた、この夜、一人の仲間を葬ったのだ。
朝が来たら、友よ、君たちは僕の名を忘れて立ち去るだろう。
昭和二十一年十月朔日
赤城山にて