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やまなし

著者:宮沢賢治

やまなし - みやざわ けんじ

文字数:2,583 底本発行年:1989
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈げんとうです。

一、五月

ひきかにの子供らが青じろい水の底で話していました。

『クラムボンはわらったよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

『クラムボンはねてわらったよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

上の方や横の方は、青くくらくはがねのように見えます。 そのなめらかな天井てんじょうを、つぶつぶ暗いあわが流れて行きます。

『クラムボンはわらっていたよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

『それならなぜクラムボンはわらったの。』

『知らない。』

つぶつぶ泡が流れて行きます。 蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六つぶ泡をきました。 それはゆれながら水銀のように光ってななめに上の方へのぼって行きました。

つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。

『クラムボンは死んだよ。』

『クラムボンは殺されたよ。』

『クラムボンは死んでしまったよ………。』

『殺されたよ。』

『それならなぜ殺された。』 兄さんの蟹は、その右側の四本のあしの中の二本を、弟の平べったい頭にのせながらいました。

『わからない。』

魚がまたツウともどって下流のほうへ行きました。

『クラムボンはわらったよ。』

『わらった。』

にわかにパッと明るくなり、日光の黄金きんゆめのように水の中に降って来ました。

波から来る光のあみが、底の白いいわの上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。 泡や小さなごみからはまっすぐなかげの棒が、斜めに水の中にならんで立ちました。

魚がこんどはそこら中の黄金きんの光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、また上流かみの方へのぼりました。

『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』

弟の蟹がまぶしそうにを動かしながらたずねました。

『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』

『とってるの。』

『うん。』

そのお魚がまた上流かみから戻って来ました。 今度はゆっくり落ちついて、ひれもも動かさずただ水にだけ流されながらお口をのように円くしてやって来ました。 その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。

序章-章なし
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やまなし - 情報

やまなし

やまなし

文字数 2,583文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新編風の又三郎

青空情報


底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
初出:「岩手毎日新聞」岩手毎日新聞社
   1923年(大正12年)4月8日
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年4月15日作成
2013年7月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:やまなし

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