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奇巌城 アルセーヌ・ルパン

原題:L'AIGUILLE CREUSE

著者:モーリス・ルプラン

きがんじょう

文字数:55,327 底本発行年:1928
著者リスト:
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一 夜半の銃声

懐中電灯の曲物

レイモンドはふと聞き耳をたてた。 再びきこゆる怪しい物音は、寝静ねしずまった真夜中の深い闇の静けさを破ってどこからともなく聞えてきた。 しかしその物音は近いのか遠いのかわからないほどかすかであって、この広い屋敷の壁の中から響くのか、または真暗まっくらな庭の木立の奥から聞えてくるのか、それさえも分らない。

彼女はそっと寝床から起きあがって、半分開いてあった窓の戸を押し開いた。 蒼白い月の光は、静かな芝草の上やくさむらの上に流れていた。 その叢の蔭の方には、古い僧院の崩れた跡があって、浮彫の円柱や、壊れた門や、壊れた廻り廊下や、破れた窓などが悲惨な姿をまざまざとあらわしていた。 夜のかすかな風が向うの森の方から静かに吹いてきた。

と、またも怪しい物音……それは下の二階の左手にある客間から響くらしい。

レイモンドは勇気のある少女であったが、何となく恐ろしくなってきた。 彼女は寝衣ねまきの上に上着をまとった。

「レイモンドさん!レイモンドさん!」

境の戸の閉めてない隣りの室から、細くかすかな声が聞えたので、レイモンドはその方へ探り探り行こうとすると、従妹のシュザンヌが室から出てきて腕に取りすがった。

「レイモンドさん……あなたなの?あなたも聞いて!」

「ええ……あなたも目を覚ましたのね!」

「私、きっと犬の声で起きたのよ……もうしばらくしてよ。 けれどももう犬は鳴かないわね……今何時でしょう?」

「四時頃だわ。」

「あら! お聞きなさい。 誰か客間を歩いているようよ。」

「でも大丈夫よ、お父様が階下したにいるんですもの、シュザンヌさん。」

「でもかえってお父様が心配だわ。」

「ドバルさんが一緒にいらしってよ。」

「でもドバルさんはあっちのはじよ、どうして聞えるものですか。」

二人の少女はどうすればいいのか迷ってしまった。 声を上げて救いを呼ぼうかと思ったが、自分らの声を立てるのさえ恐ろしくて出来なかった。 窓の方へ近づいたシュザンヌは喉まで出た声をかみしめて、

「ごらんなさい…… 噴水の脇の男を!」

なるほど、一人の男が何やら大きな包を小脇に抱えて、それが足の邪魔になるのを払い払い、足早に走っていく。 曲者は古い礼拝堂の方へ走って土塀の間にある小門こもんの蔭に消えてしまった。 その戸は開けてあったと見えて、いつものように戸の開く音がしなかった。

「きっと客間から出てきたのよ。」 とシュザンヌが囁いた。

「いいえ、違うわ。 客間の方からならもっと左の方にあらわれなければならないはずよ、でなければ……」

と、いいながら二人はふと気づいて窓から見下みおろすと、一挺の梯子はしごが階下の二階に立て掛けてあった。 そしてまた一人やはり何か抱えた男が梯子を伝い降り、前と同じ道を逃げていくのだった。 シュザンヌは驚いてよろよろと膝をつきながら、

「呼びましょう……たすけを呼びましょう。」

一 夜半の銃声

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奇巌城 - 情報

奇巌城 アルセーヌ・ルパン

きがんじょう アルセーヌ・ルパン

文字数 55,327文字

著者リスト:

底本 小學生全集第四十五卷 少年探偵譚

青空情報


底本:「小學生全集第四十五卷 少年探偵譚」興文社、文藝春秋社
   1928(昭和3)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 彼方→あっち 貴方・貴女→あなた 或→ある 或は→あるいは 如何→いか 不可ない→いけない 一層→いっそう 一杯→いっぱい 否→いや 愈々→いよいよ 中→うち お出で・御出で→おいで 大方→おおかた お蔭→おかげ 反って→かえって か知ら→かしら 微か→かすか 可なり→かなり 兼ね→かね 彼の→かの かも知れ→かもしれ 位→くらい・ぐらい 呉れる→くれる 此奴→こいつ 御ざる→ござる 毎→ごと 御らん→ごらん 今日は→こんにちは 流石→さすが 左様→さよう 更に→さらに 然し→しかし 然も→しかも 頻りに→しきりに 暫く・暫らく→しばらく 失敗った→しまった ずい分→ずいぶん すぐ様→すぐさま 即ち→すなわち 是非→ぜひ 其奴→そいつ 密と→そっと その内→そのうち 大層→たいそう 大抵→たいてい 大分→だいぶ 大変→たいへん 沢山→たくさん 只・唯→ただ 忽ち→たちまち 多分→たぶん 給え→たまえ 段々→だんだん 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと 遂に→ついに (て)上げ→あげ (て)行→い (て)頂→いただ (て)置→お (て)来→き・く・こ (て)参→まい (て)見せ→みせ (て)見→み (て)貰→もら 何処→どこ 尚→なお 仲々→なかなか 何故→なぜ 成る可く→なるべく 成程→なるほど 許り→ばかり 筈→はず 判然→はっきり 酷く→ひどく 一先ず→ひとまず 可き→べき 程→ほど 将に→まさに 先ず→まず 益々→ますます 迄→まで 侭→まま 間もなく→まもなく 見たい→みたい 見る見る→みるみる 勿論→もちろん 尤も→もっとも 最早→もはや 様に→ように 漸く→ようやく 他所→よそ 等→ら 訳→わけ 僅か→わずか」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本中、混在している「ボードルレ」「ボートルレ」は「ボートルレ」、「イジドール」「イジトール」は「イジドール」、「バルメラ男爵」「バラメラ男爵」「バラメル男爵」は「バルメラ男爵」、「レイモンド」「レイラモンド」は「レイモンド」に統一し、「ビクトール」「ヴィクトール」、「エルロック」「ヘルロック」はそのままにしました。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※原作品では、暗号紙片に欠けがあり、解読がそのままでは困難なものになっています。この底本はそれをほぼ踏襲しておりますが、原作および底本を尊重し、そのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2006年5月2日作成
2011年4月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:奇巌城

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