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虔十公園林

著者:宮沢賢治

けんじゅうこうえんりん - みやざわ けんじ

文字数:4,845 底本発行年:1979
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著者宮沢 賢治
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序章-章なし

虔十けんじふはいつもなはの帯をしめてわらってもりの中や畑の間をゆっくりあるいてゐるのでした。

雨の中の青いやぶを見てはよろこんで目をパチパチさせ青ぞらをどこまでもけて行くたかを見付けてははねあがって手をたゝいてみんなに知らせました。

けれどもあんまり子供らが虔十をばかにして笑ふものですから虔十はだんだん笑はないふりをするやうになりました。

風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑へて仕方ないのを、無理やり大きく口をあき、はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした。

時にはその大きくあいた口の横わきをさもかゆいやうなふりをして指でこすりながらはあはあ息だけで笑ひました。

なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきをいてゐるかあるいは欠伸あくびでもしてゐるかのやうに見えましたが近くではもちろん笑ってゐる息の音も聞えましたしくちびるがピクピク動いてゐるのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑ひました。

おっかさんにひつけられると虔十は水を五百杯でもみました。 一日一杯畑の草もとりました。 けれども虔十のおっかさんもおとうさんも仲々そんなことを虔十に云ひつけようとはしませんでした。

さて、虔十の家のうしろに丁度大きな運動場ぐらゐの野原がまだ畑にならないで残ってゐました。

ある年、山がまだ雪でまっ白く野原には新らしい草も芽を出さない時、虔十はいきなり田打ちをしてゐた家の人達の前に走って来て云ひました。

「おがあ、おらさ杉苗七百本、買ってろ。」

虔十のおっかさんはきらきらの三本鍬さんぼんぐはを動かすのをやめてじっと虔十の顔を見て云ひました。

「杉苗七百ど、どごさ植※[#小書き平仮名ゑ、49-6]らぃ。」

「家のうしろの野原さ。」

そのとき虔十の兄さんが云ひました。

「虔十、あそごは杉植※[#小書き平仮名ゑ、49-9]でも成長おがらなぃところだ。 それより少し田でも打ってけろ。」

虔十はきまり悪さうにもぢもぢして下を向いてしまひました。

すると虔十のお父さんが向ふで汗をきながらからだを延ばして

「買ってやれ、買ってやれ。 虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。 買ってやれ。」 と云ひましたので虔十のお母さんも安心したやうに笑ひました。

虔十はまるでよろこんですぐにまっすぐに家の方へ走りました。

そして納屋から唐鍬たうぐはを持ち出してぽくりぽくりと芝を起して杉苗を植ゑる穴を掘りはじめました。

虔十の兄さんがあとを追って来てそれを見て云ひました。

虔十けんじふ、杉ぁ植る時、掘らなぃばわがなぃんだぢゃ。 明日まで待て。 おれ、苗買って来てやるがら。」

虔十はきまり悪さうにくはを置きました。

次の日、空はよく晴れて山の雪はまっ白に光りひばりは高く高くのぼってチーチクチーチクやりました。 そして虔十はまるでこらへ切れないやうににこにこ笑って兄さんに教へられたやうに今度は北の方のさかひから杉苗の穴を掘りはじめました。 実にまっすぐに実に間隔正しくそれを掘ったのでした。 虔十の兄さんがそこへ一本づつ苗を植ゑて行きました。

その時野原の北側に畑をってゐる平二がきせるをくはへてふところ手をして寒さうに肩をすぼめてやって来ました。 平二は百姓も少しはしてゐましたが実はもっと別の、人にいやがられるやうなことも仕事にしてゐました。 平二は虔十に云ひました。

「やぃ。

序章-章なし
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虔十公園林 - 情報

虔十公園林

けんじゅうこうえんりん

文字数 4,845文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新修宮沢賢治全集 第十一巻

青空情報


底本:「新修宮沢賢治全集 第十一巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年11月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年12月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:土屋隆
2007年4月25日作成
2013年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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