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病牀六尺

著者:正岡子規

びょうしょうろくしゃく - まさおか しき

文字数:87,144 底本発行年:1926
著者リスト:
著者正岡 子規
底本: 病牀六尺
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○病床六尺、これが我世界である。 しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。 わずかに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団ふとんの外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。 はなはだしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。 苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤まひざい、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽をむさぼ果敢はかなさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、しゃくにさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。 年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じは先づこんなものですと前置きして

○土佐の西の端に柏島といふ小さな島があつて二百戸の漁村に水産補習学校が一つある。 教室が十二坪、事務所とも校長の寝室とも兼帯で三畳敷、実習所が五、六坪、経費が四百二十円、備品費が二十二円、消耗品費が十七円、生徒が六十五人、校長の月給が二十円、しかも四年間昇給なしの二十円ぢやさうな。 そのほかには実習から得る利益があつて五銭の原料で二十銭の缶詰が出来る。 生徒が網を結ぶと八十銭位の賃銀を得る。 それらは皆郵便貯金にして置いて修学旅行でなけりや引出させないといふ事である。 この小規模の学校がその道の人にはこの頃有名になつたさうぢやが、世の中の人は勿論知りはすまい。 余はこの話を聞いて涙が出るほど嬉しかつた。 我々に大きな国家の料理が出来んとならば、この水産学校へ這入はいつて松魚かつおを切つたり、烏賊いかを乾したり網を結んだりして斯様かような校長の下に教育せられたら楽しい事であらう。 (五月五日)

○余は性来臆病なので鉄砲を持つことなどは大嫌ひであつた。 もっとも高等中学に居る時分に演習に往つてモーゼル銃の空撃からうちをやつたことがあるが、そのほかには室内射的といふことさへ一度もやつたことがない、人が鉄砲を持つて居るのを見てさへ、何だか剣呑けんのんで不愉快な感じがする位であるから、楽しみに銃猟に出かけるなどといふことはいくらすすめられても思ひつかぬことであつた。 昨年であつたか岩崎某がその友人である大学生の某を誤つて撃殺うちころしたといふことを聞いた時に、縁も由縁ゆかりもない人であるけれど余は不愉快でたまらなかつた。 しかるにこの事件は撃たれたる某の父の正しき請求によりて、岩崎一家は以来銃猟をせぬといふ家憲を作りて目出たく納まつたので、それは愉快に局を結んだが、したがつて一般の銃猟といふことに対してはますます不安を感じて来た。 しかるに近来頭のわるくなると共に、理窟臭いものは一切読めぬことになつて、ついには新聞などに出て居る銃猟談をよむほど面白く心ゆくことはなかつた。 ある坊さんがいふには、銃猟ほど残酷なものはない、鳥が面白く歌ふて居るのを出しぬきに後から撃つといふのは丁度ちょうど人間が発句ほっくを作つて楽しんで居るのを、後ろから撃殺すやうなものである、こんな残酷なことはないといふたことがある。 それは尤もな話で、鳥の方から考へる時には誠に残酷に違ひないが、しかし普通の俗人が銃猟をして居る時の心持は誠に無邪気で愛すべき所があるので、その銃猟談などを聞いても政治談や経済談を聞くのと違つて、愉快な感じを起す事になるのであらう。

○そのうへに銃猟は山野を場所として居るのでそれがために銃猟談に多少の趣を添へることが多い。 こと玄人くろうとになるとすずめ頬白ほおじろを撃つていたずらに猟の多いことを誇るやうなことはせぬやうになり、おのずからその間に道の存する所の見えるのも喜ぶべき一カ条である。 しかるに惜しいことには無風流な人が多いので、その話をきくと殺風景な点が多いのは遺憾なことである、銃猟談は前いふやうに山野に徘徊はいかいするのであるから、鳥を撃つといふことよりも、それに附属したる件に面白味があるのにきまつて居るが、その趣を発揮する人が甚だ少ない。 近頃『猟友』といふ雑誌で飯島博士が独逸ドイツで銃猟した事の話が出て居るが、これはよほどこまかく書いてあるので、ほかのよりは際立きわだつて面白いことが多い。 例せば井上公使の猟区に出掛けた時の有様を説いて、おのおのが手製の日本料理をこしらへて、正宗まさむねの瓶を傾け、しかもそこに雇ひつけの猟師(独逸人)に日本語を教へてあるので、

それから部屋の中でからに、飯を食ふ時などは、手をポンポンと叩く、ヘイと返辞をするのだと教へて置く、ところが猟師の野郎ヒイといふて奇妙な声を出して返辞をする、どうも捧腹絶倒ほうふくぜっとう実に面白い生活です

などと書いてあるところは実に面白く出来て居る。 総てかういふ風に銃猟談はしてもらひたいものである。 否もう少しこまかく叙したならば更に面白いに違ひない、銃猟もここに至つて残酷の感を脱してしまふことが出来る。 (五月六日)

○東京の牡丹ぼたんは多く上方かみがたから苗が来るので、寒牡丹かんぼたんだけは東京から上方の方へ輸出するのぢやさうな。 このほかに義太夫ぎだゆうといふやつも上方から東京へ来るのが普通になつて居る。 さうして東京の方をもととして居るのは、常磐津ときわず清元きよもとの類ひである。 牡丹は花の中でも最も派手で最も美しいものであるのと同じやうに、義太夫はこれらの音曲おんぎょくのうちで最も派手で最も重々しいものである。 して見ると美術上の重々しい派手な方の趣味は上方の方に発達して、淡泊な方の趣味は東京に発達して居るのであらうか、俳句でいふて見ても昔から京都の方が美しい重々しい方に傾いて、江戸の方は一ひねくりひねくつたやうなのが多い。

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病牀六尺 - 情報

病牀六尺

びょうしょうろくしゃく

文字数 87,144文字

著者リスト:
著者正岡 子規

底本 病牀六尺

親本 子規全集 第14巻

青空情報


底本:「病牀六尺」岩波書店
   1927(昭和2)年7月10日第1刷発行
   1984(昭和59)年7月16日第26刷改版発行
   2004(平成16)年1月5日第57刷発行
底本の親本:「病牀六尺」岩波書店
   1927(昭和2)年7月10日第1刷発行
   病牀六尺未定稿「子規全集 第14巻」アルス
   1926(大正15)年8月
初出:「日本」日本新聞社
   1902(明治35)年5月5日〜9月17日号
   病牀六尺未定稿「子規全集 第14巻」アルス
   1926(大正15)年8月
※「読みにくい語、読み誤りやすい語には現代仮名づかいで振り仮名を付す。」との方針による、底本のルビの拗音、促音は、小書きしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川向直樹
校正:米田
2010年12月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:病牀六尺

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