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妾の半生涯

著者:福田英子

わらわのはんせいがい - ふくだ ひでこ

文字数:63,235 底本発行年:1958
著者リスト:
著者:福田 英子
底本: 妾の半生涯
親本: 妾の半生涯
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はしがき

昔はベンジャミン・フランクリン、自序伝をものして、その子孫の戒(いまし)めとなせり。 操行に高潔にして、業務に勤勉なるこの人の如きは、真(まこと)に尊き亀鑑(きかん)を後世に遺(のこ)せしものとこそ言うべけれ。 妾(しょう)の如き、如何(いか)に心の驕(おご)れることありとも、いかで得て企(くわだ)つべしと言わんや。

世に罪深き人を問わば、妾は実にその随一ならん、世に愚鈍(おろか)なる人を求めば、また妾ほどのものはあらざるべし。 齢(よわい)人生の六分(ろくぶ)に達し、今にして過ぎ来(こ)し方(かた)を顧(かえり)みれば、行いし事として罪悪ならぬはなく、謀慮(おもんばか)りし事として誤謬(ごびゅう)ならぬはなきぞかし。 羞悪(しゅうお)懺悔(ざんげ)、次ぐに苦悶(くもん)懊悩(おうのう)を以(もっ)てす、妾(しょう)が、回顧を充(み)たすものはただただこれのみ、ああ実にただこれのみ也(なり)。

懺悔の苦悶、これを愈(いや)すの道はただ己(おの)れを改むるより他(た)にはあらじ。 されど如何(いか)にしてかその己れを改むべきか、これ将(は)た一(いつ)の苦悶なり。 苦悶の上の苦悶なり、苦悶を愈すの苦悶なり。 苦悶の上また苦悶あり、一の苦悶を愈さんとすれば、生憎(あやにく)に他の苦悶来り、妾(しょう)や今実に苦悶の合囲(ごうい)の内にあるなり。 されば、この書を著(あらわ)すは、素(もと)よりこの苦悶を忘れんとての業(わざ)には非(あら)ず、否(いな)筆を執(と)るその事もなかなか苦悶の種(たね)たるなり、一字は一字より、一行は一行より、苦悶は弥※(二の字点、1-2-22)(いよいよ)勝(まさ)るのみ。

苦悶(くもん)はいよいよ勝るのみ、されど、妾(しょう)強(あなが)ちにこれを忘れんことを願わず、否(いな)昔懐(なつ)かしの想いは、その一字に一行に苦悩と共に弥増(いやま)すなり。 懐かしや、わが苦悶の回顧。

顧(おも)えば女性の身の自(みずか)ら揣(はか)らず、年少(わか)くして民権自由の声に狂(きょう)し、行途(こうと)の蹉跌(さてつ)再三再四、漸(ようや)く後(のち)の半生(はんせい)を家庭に托(たく)するを得たりしかど、一家の計(はかりごと)いまだ成らざるに、身は早く寡(か)となりぬ。 人の世のあじきなさ、しみじみと骨にも透(とお)るばかりなり。 もし妾のために同情の一掬(いっきく)を注(そそ)がるるものあらば、そはまた世の不幸なる人ならずばあらじ。

妾(しょう)が過ぎ来(こ)し方(かた)は蹉跌(さてつ)の上の蹉跌なりき。 されど妾は常に戦(たたか)えり、蹉跌のためにかつて一度(ひとたび)も怯(ひる)みし事なし。 過去のみといわず、現在のみといわず、妾が血管に血の流るる限りは、未来においても妾はなお戦わん。 妾が天職は戦いにあり、人道の罪悪と戦うにあり。 この天職を自覚すればこそ、回顧の苦悶、苦悶の昔も懐(なつ)かしくは思うなれ。

妾の懺悔(ざんげ)、懺悔の苦悶これを愈(いや)すの道は、ただただ苦悶にあり。 妾が天職によりて、世と己(おの)れとの罪悪と戦うにあり。

先に政権の独占を憤(いきどお)れる民権自由の叫びに狂せし妾は、今は赤心(せきしん)資本の独占に抗して、不幸なる貧者(ひんしゃ)の救済に傾(かたむ)けるなり。 妾が烏滸(おこ)の譏(そし)りを忘れて、敢(あ)えて半生の経歴を極(きわ)めて率直に少しく隠す所なく叙(じょ)せんとするは、強(あなが)ちに罪滅ぼしの懺悔(ざんげ)に代(か)えんとには非(あら)ずして、新たに世と己れとに対して、妾のいわゆる戦いを宣言せんがためなり。

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第一 家庭

一 贋(まが)いもの

妾(しょう)は八、九歳の時、屋敷内(やしきうち)にて怜悧(れいり)なる娘と誉(ほ)めそやされ、学校の先生たちには、活発なる無邪気なる子と可愛がられ、十一、二歳の時には、県令学務委員等の臨(のぞ)める試験場にて、特に撰抜せられて『十八史略』や、『日本外史』の講義をなし、これを無上の光栄と喜びつつ、世に妾ほど怜悧なる者はあるまじなど、心私(ひそ)かに郷党(きょうとう)に誇りたりき。

十五歳にして学校の助教諭を托せられ、三円の給料を受けて子弟を訓導するの任に当り、日々勤務の傍(かたわ)ら、復習を名として、数十人の生徒を自宅に集め、学校の余科を教授して、生徒をして一年の内二階級の試験を受くることを得せしめしかば、大いに父兄の信頼を得て、一時はおさおさ公立学校を凌(しの)がんばかりの隆盛を致せり。

学校に通う途中、妾は常に蛮貊(わんぱく)小僧らのために「マガイ」が通る「マガイ」が通ると罵(ののし)られき。 この評言の適切なる、今こそ思い当りたれ、当時妾(しょう)は実に「マガイ」なりしなり。 「マガイ」とは馬爪(ばづ)を鼈甲(べっこう)に似たらしめたるにて、現今の護謨(ゴム)を象牙(ぞうげ)に擬(ぎ)せると同じく似て非なるものなれば、これを以て妾を呼びしことの如何(いか)ばかり名言なりしかを知るべし。 今更恥かしき事ながら妾はその頃、先生たちに活発の子といわれし如く、起居(ききょ)振舞(ふるまい)のお転婆(てんば)なりしは言うまでもなく、修業中は髪を結(ゆ)う暇(いとま)だに惜(お)しき心地(ここち)せられて、一向(ひたぶる)に書を読む事を好みければ、十六歳までは髪を剪(き)りて前部を左右に分け、衣服まで悉(ことごと)く男生(だんせい)の如くに装(よそお)い、加(しか)も学校へは女生と伴(ともの)うて通いにき。 近所の小供(こども)らのこれを観(み)て異様の感を抱き、さてこそ男子とも女子ともつかぬ、いわゆる「マガイ」が通るよとは罵りしなるべし。 これを懐(おも)うごとに、今も背に汗のにじむ心地す。 ようよう世心(よごころ)の付き初(そ)めて、男装せし事の恥かしく髪を延ばすに意を用いたるは翌年十七の春なりけり。 この時よりぞ始めて束髪(そくはつ)の仲間入りはしたりける。

二 自由民権

はしがき

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妾の半生涯 - 情報

妾の半生涯

わらわのはんせいがい

文字数 63,235文字

著者リスト:
著者:福田 英子

底本 妾の半生涯

親本 妾の半生涯

青空情報


底本:「妾の半生涯」岩波文庫、岩波書店
   1958(昭和33)年4月25日第1刷発行
   1983(昭和57)年10月17日第25刷改版発行
   2001(平成13)年11月7日第28刷発行
底本の親本:「妾の半生涯」岩波文庫、岩波書店
   1958(昭和33)年4月25日第1刷発行
初出:「妾の半生涯」東京堂
   1904(明治37)年10月25日
※底本では、二行どりの小見出しの下から、本文が組みはじめられています。
※表題は、底本では「妾(わらわ)の半生涯(はんせいがい)」となっています。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
ファイル作成:
2005年6月25日公開
2022年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:妾の半生涯

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