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探偵小説アルセーヌ・ルパン

原題:EDITH AU COU DE CYGNE

著者:モーリス・ルブラン Maurice Leblanc

たんていしょうせつアルセーヌ・ルパン

文字数:16,188 底本発行年:1922
著者リスト:
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今から三年前のことである。 ブレスト発の列車がレンヌ駅にいた時、その一貨車の扉の破壊されているのが見出だされた。 この貨車はブレジリアの富豪スパルミエント大佐の借切ったもので、中にはつづれ錦の壁布を入れた箱がいくつも積込まれていたが、箱の一つは破られて、中の錦の一枚がなくなっていた。

スパルミエント大佐は、夫人と一緒に同じ列車に乗っていたが、これを知ると、鉄道会社に談判を持ち込んで、一枚が盗まれても他の物の値打まで非常にさがるからとて、莫大の損害賠償を請求した。

問題は起った。 警察は犯人の捜索に主力を集中した。 鉄道会社でも少なからぬ懸賞金を投じてこれに声援した。

この騒ぎの真中の警視庁へ、一通の手紙がまい込んだ。 開いてみると、今回の窃盗事件はアルセーヌ・ルパンの指揮の下に行われ、贓品ぞうひんは翌日[#「翌日」は底本では「習日」]北アメリカへ向けて送られた。 という文面である。 警視庁はにわかに活動を進めた。 同夜サンラザール停車塲で、一刑事のために彼の錦が一行李の中から発見された。

この窃盗はルパンの失敗に終った。

これを聞いたルパンは怒り絶頂に達して、直ちに筆を取って、スパルミエント大佐に一書を送った。 それにはこう書いてあった。

先日はただ一枚のみ頂戴しました。 その時は一枚だけでよかったのですが、それをかく御取戻しになるにおいては、小生にも考があります。 今度はきっと十二枚全部頂戴いたします。

右前以って御通知まで。

アルセーヌ・ルパン

スパルミエント大佐は、フェイザンドリイ街とジュフレノアイ街の角にある邸宅をかまえた。

大佐は頑丈な体格の持主で、広い肩、黒い髪、また銅色の皮膚も屈強に見えた。 夫人はすこぶる美人ではあるが、生来薄柳の質で、この間の壁布の紛失事件の時でもひどく恐れを抱いて、こんな物があるとどんな怖ろしい事になるかもしれないから、いくらでもかまわない、早く手離した方が安心だとしきりに夫に説いたほどであった。 が、大佐はなかなか剛情なたちで、女達の弱音ぐらいにへこむ人ではなかった。 従って錦は決して売払われはしなかった。 でも十二分の用心をして、設備を加えたり、盗難保険に入ったりした。

第一番に、庭の方に向いている、家の正面だけを警戒したら足るようにと、裏の方のジュフレノアイ街に向いた方は、下から上まで、窓も入口もすっかり壁を塗りつぶしてしまった。 更に錦の飾られているへやの窓という窓に、秘密の装置を施して、ちょっとでもこれに触れると、家中の電燈が一時いっときにパッとともり、同時に電鈴がけたたましく鳴りひびく仕掛にした。

保険会社の方では、それにもなおあき足らず三人の探偵を選んで、給料は先払とし、夜になると、この邸の階下にあって警戒させた。 三人の探偵は経験もあり手練しゅれんの刑事で、ルパンを仇敵のように思っている者ばかりであった。

大佐邸の使用人は、長年使いなれてその性質はわかっているので、大佐が[#「大佐が」は底本では「大佑が」]これを保証した。

こうして絶対に盗難の憂をなくするため、ほとんど要塞のように厳重な設備が出来上がったので、大佐はいよいよ邸宅改築の披露を兼ね、自慢のつづれの錦を展観させるべく一夕いっせき知己ちきを招いた。 集まった人々は、大佐の入会しているクラブの会員、婦人、新聞記者、好事家、美術批評家という風に種々雑多な人々であった。

客は門を入るや否や、まるで監獄へでも投げこまれたように思わせられた。 階段の下には例の三人の刑事が、仁王立になっていて、するどい眼玉をギロつかせ、いちいち客から招待状を受取り、おまけに迂散うさんくさそうにジロジロ顔を見た。 ほとんど身体検査をされ、指紋をとられんばかりである。 蟻の這入はいる隙間もないとはこの事であった。

大佐は二階で客を出迎えて、この仰山な警戒を詫びたり、そして錦の安全を期するためにほとんど万全の策がとられた事を誇ったりした。

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探偵小説アルセーヌ・ルパン - 情報

探偵小説アルセーヌ・ルパン

たんていしょうせつアルセーヌ・ルパン

文字数 16,188文字

著者リスト:

底本 【婦人パンフレツト第八輯】アルセーヌ・ルパン

青空情報


底本:「アルセーヌ・ルパン」婦人パンフレツト、婦人文化研究會
   1922(大正11)年12月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「恰も→あたかも 貴方→あなた 如何→いかが・いかん 幾何→いくら 些か→いささか 何時→いつ 愈々→いよいよ 且→かつ 曽て・嘗て・甞て→かつて かも知れ→かもしれ 位→くらい 呉れ→くれ 此処・茲→ここ 毎→ごと 此・之→これ 流石→さすが 左程→さほど 而も→しかも 然るに→しかるに 暫く→しばらく 随分→ずいぶん 頗る→すこぶる 直ぐ→すぐ 其処→そこ その中→そのうち 沢山→たくさん 唯→ただ 但し→ただし 給え→たまえ 為→ため 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと て居→てお て了→てしま て見→てみ て貰→てもら 何うして→どうして 何処→どこ 所が→ところが 尚→なお 仲々→なかなか 何故→なぜ 計り・許り→ばかり 筈→はず 甚だ→はなはだ 一先ず→ひとまず 程→ほど 殆ど・殆んど→ほとんど 正しく→まさしく 先ず→まず 亦・又→また 迄→まで 儘→まま 間もなく→まもなく 寧ろ→むしろ 若し→もし 勿論→もちろん 尤も→もっとも 漸く→ようやく 僅か→わずか」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「燈」と「灯」の混在は、底本通りです。
※読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年6月28日作成
2014年7月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:探偵小説アルセーヌ・ルパン

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