盗まれた手紙
著者:エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe
ぬすまれたてがみ
文字数:20,682 底本発行年:1931
[#ページの左右中央]
Nil sapienti
odiosius acumine nimio.
(叡智にとりてあまりに鋭敏すぎるほど忌むべきはなし)
セネカ(1)
[#改ページ]
パリで、一八――年の秋のある風の吹きすさぶ晩、暗くなって間もなく、私は友人C・オーギュスト・デュパンと一緒に、
我々は心から彼を歓迎した。
この男には
「もしなにかよく考える必要のあることなら、暗闇のなかで考えたほうがいいでしょう」と彼は灯心に火をつけるのをよして、言った。
「また君の奇妙な考えですな」と総監が言った。 彼は自分のわからないことはなんでもみんな『奇妙な』という癖なので、まったく『奇妙なこと』だらけの真ん中に生きているのだった。
「いかにも、そのとおり」とデュパンは言って、客に煙草をすすめ、坐り心地のよい椅子を彼の方へ押しやった。
「ところで今度の面倒なことというのはなんですか?」と私が尋ねた。 「殺人事件なんぞはもうご免こうむりたいものですな」
「いやいや、そんなものじゃないんだ。 実は、事がらはいたって単純なので、我々だけで十分うまくやってゆけるとは思うんだが、でもデュパン君がきっとその詳しいことを聞きたがるだろうと思ったんでね。 なにしろとても奇妙なことなんだから」
「単純で奇妙、か」とデュパンが言った。
「うむ、さよう。 で、またどちらとも、そのとおりでもないので。 実は、事件は実に単純なんだが、しかも我々をまったく迷わせるので、ひどく参っている始末なんだ」
「じゃ、たぶん、事がらがあまり単純なので、それがかえって、あなた方を当惑させているんだな」と友が言った。
「ばかを言っちゃいかん!」と、総監は心から笑いながら答えた。
「きっと、その
「おやおや! そんな考えってあるもんかね?」
「少々わかりきっていすぎるんだよ」
「は、は、は! ――は、は、は! ――ほ、ほ、ほ!」と客はたいそう面白がって大笑いした。 「おお、デュパン君、こう笑わされちゃ助からんよ!」
「ところで、いったいどんな事件が起っているんですか?」と私が尋ねた。
「じゃあ、お話ししようか」と総監は、煙草のけむりを長く、しっかりと、考えこむように吹かし、自分の椅子に坐りこんで、答えた。 「手短かに話しましょう。 だがその前にご注意願いたいのは、これは絶対秘密を要する事件で、もし僕が他人に洩らしたことが知れたら、僕はおそらくいまの地位を失わねばならん、ということです」
「まあ、お始めなさい」と私が言った。