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こがね丸

著者:巌谷小波

こがねまる - いわや さざなみ

文字数:30,867 底本発行年:1891
著者リスト:
著者巌谷 小波
親本: こがね丸
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少年文学序

奇獄小説に読む人の胸のみいためむとする世に、一巻のおさな物語を著す。 これも人真似まねせぬ一流のこころなるべし。 欧羅巴ヨーロッパの穉物語も多くは波斯ペルシア鸚鵡冊子おうむさっしより伝はり、その本源は印度の古文にありといへば、東洋は実にこの可愛らしき詩形の家元なり。 あはれ、ここに染出す新暖簾のれん、本家再興の大望を達して、子々孫々までも巻をかさねて栄へよかしといのるものは、

本郷千駄木町ほんごうせんだぎちょう

鴎外おうがい漁史なり

[#改ページ]

凡例

一 この書題して「少年文学」といへるは、少年用文学との意味にて、独逸ドイツ語の Jugendschrift (juvenile literature) より来れるなれど、我邦に適当の熟語なければ、仮にかくは名付けつ。 鴎外兄がいはゆる穉物語も、同じ心なるべしと思ふ。

一 されば文章に修飾をつとめず、趣向に新奇をもとめず、ひたすら少年の読みやすからんを願ふてわざと例の言文一致も廃しつ。 時に五七の句調など用ひて、趣向も文章も天晴あっぱれ時代ぶりたれど、これかへつて少年には、しょうしやすく解しやすからんか。

一 作者この『こがね丸』を編むに当りて、彼のゲーテーの Reineke Fuchs(狐の裁判)その他グリム、アンデルゼン等の Maerchen(奇異談)また我邦には桃太郎かちかち山を初めとし、古きは『今昔こんじゃく物語』、『宇治拾遺うじしゅうい』などより、天明ぶりの黄表紙きびょうし類など、種々思ひ出して、立案の助けとなせしが。 されば引用書として、名記するほどにもあらず。

一 ちと手前味噌てまえみそに似たれど、かかる種の物語現代の文学界には、先づ稀有けうのものなるべく、威張いばりていへば一の新現象なり。 されば大方の詞友諸君、縦令たといわが作取るに足らずとも、この後諸先輩の続々討て出で賜ふなれば、とかくこの少年文学といふものにつきて、充分あげつらひ賜ひてよト、これもあらかじめ願ふて置く。

一 詞友われをもくして文壇の少年家といふ、そはわがものしたる小説の、多く少年を主人公にしたればなるべし。 さるにこの度また少年文学の前坐を務む、思へば争はれぬものなりかし。

庚寅かのえとら臘月ろうげつ もう八ツ寝るとお正月といふ日

昔桜亭において  漣山人さざなみさんじんしるす

[#改丁]

上巻

第一回

むかし深山みやまの奥に、一匹の虎住みけり。 幾星霜いくとしつきをや経たりけん、からだ尋常よのつねこうしよりもおおきく、まなこは百錬の鏡を欺き、ひげ一束ひとつかの針に似て、一度ひとたびゆれば声山谷さんこくとどろかして、こずえの鳥も落ちなんばかり。 さん豺狼さいろう麋鹿びろくおそれ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威をたくましうして、自ら金眸きんぼう大王と名乗り、数多あまた獣類けものを眼下に見下みくだして、一山万獣ばんじゅうの君とはなりけり。

ころしも一月のはじめかた、春とはいへど名のみにて、昨日きのうからの大雪に、野も山も岩も木も、つめた綿わたに包まれて、寒風そぞろに堪えがたきに。 金眸は朝よりほらこもりて、ひとうずくまりゐる処へ、かねてより称心きにいりの、聴水ちょうすいといふ古狐ふるぎつねそば伝ひに雪踏みわげて、ようやく洞の入口まで来たり。 雪を払ひてにじり入り、まづ慇懃いんぎんに前足をつかへ、「昨日よりの大雪に、外面そともいずる事もならず、洞にのみ籠り給ひて、さぞかし徒然つれづれにおはしつらん」トいへば。 金眸は身を起こして、「※(「口+愛」、第3水準1-15-23)オー聴水なりしか、よくこそ来りつれ。 まことなんじがいふ如く、この大雪にて他出そとでもならねば、独り洞に眠りゐたるに、食物かて漸くむなしくなりて、やや空腹ものほしう覚ゆるぞ。 何ぞき獲物はなきや、……この大雪なればなきもむべなり」ト嘆息するを。 聴水は打消し、「いやとよ大王。 大王もしまこと空腹ものほしくて、食物かてを求め給ふならば、やつがれ好き獲物をまいらせん」「なに好き獲物とや。 ……そは何処いずこに持来りしぞ」「いな 此処ここには持ちはべらねど、大王ちとの骨を惜まずして、この雪路ゆきみちを歩みたまはば、僕よき処へ東道あんないせん。 怎麼いかに」トいへば。 金眸呵々からからと打笑ひ、「やよ聴水。

少年文学序

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こがね丸 - 情報

こがね丸

こがねまる

文字数 30,867文字

著者リスト:
著者巌谷 小波

底本 日本児童文学名作集(上)

親本 こがね丸

青空情報


底本:「日本児童文学名作集(上)」岩波文庫、岩波書店
   1994(平成6)年2月16日第1刷発行
底本の親本:「こがね丸」博文館
   1891(明治24)年1月初版発行
※「ルビは現代仮名遣い」とする底本の編集方針にそい、ルビの拗促音は小書きしました。
※ルビの「却説(かへってと)く」は、歴史的仮名遣いのままと思われますが、底本通りとしました。
※「堪え」のように歴史的仮名遣いの規則に合わない表記も、すべて底本通りとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:hongming
校正:門田裕志
2001年12月22日公開
2012年9月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:こがね丸

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