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風流仏

著者:幸田露伴

ふうりゅうぶつ - こうだ ろはん

文字数:32,014 底本発行年:1889
著者リスト:
著者:幸田 露伴
親本: 風流仏
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発端(ほったん) 如是我聞(にょぜがもん)

上 一向(いっこう)専念の修業幾年(いくねん)

三尊(さんぞん)四天王十二童子十六羅漢(らかん)さては五百羅漢、までを胸中に蔵(おさ)めて鉈(なた)小刀(こがたな)に彫り浮かべる腕前に、運慶(うんけい)も知(し)らぬ人(ひと)は讃歎(さんだん)すれども鳥仏師(とりぶっし)知る身の心耻(はず)かしく、其道(そのみち)に志す事(こと)深きにつけておのが業(わざ)の足らざるを恨み、爰(ここ)日本美術国に生れながら今の世に飛騨(ひだ)の工匠(たくみ)なしと云(い)わせん事残念なり、珠運(しゅうん)命の有らん限りは及ばぬ力の及ぶ丈(た)ケを尽してせめては我が好(すき)の心に満足さすべく、且(かつ)は石膏(せっこう)細工の鼻高き唐人(とうじん)めに下目(しため)で見られし鬱憤(うっぷん)の幾分を晴(は)らすべしと、可愛(かわい)や一向専念の誓を嵯峨(さが)の釈迦(しゃか)に立(たて)し男、齢(とし)は何歳(いくつ)ぞ二十一の春是(これ)より風は嵐山(らんざん)の霞(かすみ)をなぐって腸(はらわた)断つ俳諧師(はいかいし)が、蝶(ちょう)になれ/\と祈る落花のおもしろきをも眺(なが)むる事なくて、見ぬ天竺(てんじく)の何の花、彫りかけて永き日の入相(いりあい)の鐘にかなしむ程凝(こ)り固(かたま)っては、白雨(ゆうだち)三条四条の塵埃(ほこり)を洗って小石の面(おもて)はまだ乾かぬに、空さりげなく澄める月の影宿す清水(しみず)に、瓜(うり)浸して食いつゝ歯牙香(しがこう)と詩人の洒落(しゃれ)る川原の夕涼み快きをも余所(よそ)になし、徒(いたず)らに垣(かき)をからみし夕顔の暮れ残るを見ながら白檀(びゃくだん)の切り屑(くず)蚊遣(かや)りに焼(た)きて是も余徳とあり難(がた)かるこそおかしけれ。 顔の色を林間の紅葉(もみじ)に争いて酒に暖めらるゝ風流の仲間にも入(い)らず、硝子(ガラス)越しの雪見に昆布(こんぶ)を蒲団(ふとん)にしての湯豆腐を粋(すい)がる徒党にも加わらねば、まして島原(しまばら)祇園(ぎおん)の艶色(えんしょく)には横眼(よこめ)遣(つか)い一(ひ)トつせず、おのが手作りの弁天様に涎(よだれ)流して余念なく惚(ほ)れ込み、琴(こと)三味線(しゃみせん)のあじな小歌(こうた)は聞(きき)もせねど、夢の中(うち)には緊那羅神(きんならじん)の声を耳にするまでの熱心、あわれ毘首竭摩(びしゅかつま)の魂魄(こんぱく)も乗り移らでやあるべき。 かくて三年(みとせ)ばかり浮世を驀直(まっすぐ)に渡り行(ゆか)れければ、勤むるに追付く悪魔は無き道理、殊さら幼少より備(そなわ)っての稟賦(うまれつき)、雪をまろめて達摩(だるま)を作(つく)り大根を斬(き)りて鷽(うそどり)の形を写しゝにさえ、屡(しばしば)人を驚かせしに、修業の功を積(つみ)し上、憤発(ふんぱつ)の勇を加えしなれば冴(さえ)し腕は愈々(いよいよ)冴(さ)え鋭き刀(とう)は愈(いよいよ)鋭く、七歳の初発心(しょほっしん)二十四の暁に成道(じょうどう)して師匠も是(これ)までなりと許すに珠運は忽(たちま)ち思い立ち独身者(ひとりもの)の気楽さ親譲りの家財を売ってのけ、いざや奈良鎌倉日光に昔の工匠(たくみ)が跡訪(と)わんと少し許(ばかり)の道具を肩にし、草鞋(わらじ)の紐(ひも)の結いなれで度々解くるを笑われながら、物のあわれも是よりぞ知る旅。

下 苦労は知らず勉強の徳

汽車もある世に、さりとては修業する身の痛ましや、菅笠(すげがさ)は街道の埃(ほこり)に赤うなって肌着(はだぎ)に風呂場(ふろば)の虱(しらみ)を避け得ず、春の日永き畷(なわて)に疲れては蝶(ちょう)うら/\と飛ぶに翼羨(うらや)ましく、秋の夜は淋(さび)しき床に寝覚(ねざ)めて、隣りの歯ぎしみに魂を驚かす。 旅路のなさけなき事、風吹き荒(すさ)み熱砂顔にぶつかる時眼(め)を閉(ふさ)ぎてあゆめば、邪見(じゃけん)の喇叭(らっぱ)気(き)を注(つ)けろがら/\の馬車に胆(きも)ちゞみあがり、雨降り切(しき)りては新道(しんどう)のさくれ石足を噛(か)むに生爪(なまづめ)を剥(はが)し悩むを胴慾(どうよく)の車夫法外の価(ね)を貪(むさぼ)り、尚(なお)も並木で五割酒銭(さかて)は天下の法だとゆする、仇(あだ)もなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団(ぶとん)に襟首(えりくび)さむく、待遇(もてなし)は冷(ひややか)な平(ひら)の内(うち)に蒟蒻(こんにゃく)黒し。 珠運(しゅうん)素(もと)より貧(まずし)きには馴(な)れても、加茂川(かもがわ)の水柔らかなる所に生長(おいたち)て初(はじめ)て野越え山越えのつらきを覚えし草枕(くさまくら)、露に湿(しめ)りて心細き夢おぼつかなくも馴れし都の空を遶(めぐ)るに無残や郭公(ほととぎす)待(まち)もせぬ耳に眠りを切って破(や)れ戸(ど)の罅隙(すきま)に、我は顔(がお)の明星光りきらめくうら悲しさ、或(ある)は柳散り桐(きり)落(おち)て無常身に染(しみ)る野寺の鐘、つく/″\命は森林(もり)を縫う稲妻のいと続き難き者と観ずるに付(つけ)ても志願を遂ぐる道遠しと意馬(いば)に鞭(むち)打ち励ましつ、漸(ようや)く東海道の名刹(めいさつ)古社に神像木仏梁(はり)欄間(らんま)の彫りまで見巡(みめぐ)りて鎌倉東京日光も見たり、是より最後の楽(たのしみ)は奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠(うすいとうげ)の冬最中(もなか)、雪たけありて裾(すそ)寒き浅間(あさま)下ろしの烈(はげ)しきにめげず臆(おく)せず、名に高き和田(わだ)塩尻(しおじり)を藁沓(わらぐつ)の底に踏み蹂(にじ)り、木曾路(きそじ)に入りて日照山(ひでりやま)桟橋(かけはし)寝覚(ねざめ)後になし須原(すはら)の宿(しゅく)に着(つき)にけり。

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第一 如是相(にょぜそう)

書けぬ所が美しさの第一義諦(だいいちぎたい)

名物に甘(うま)き物ありて、空腹(すきはら)に須原(すはら)のとろゝ汁殊の外(ほか)妙なるに飯(めし)幾杯か滑り込ませたる身体(からだ)を此尽(このまま)寝さするも毒とは思えど為(す)る事なく、道中日記注(つ)け終(しま)いて、のつそつしながら煤(すす)びたる行燈(あんどん)の横手の楽落(らくがき)を読(よめ)ば山梨県士族山本勘介(やまもとかんすけ)大江山(おおえやま)退治の際一泊と禿筆(ちびふで)の跡(あと)、さては英雄殿もひとり旅の退屈に閉口しての御(おん)わざくれ、おかしき計(ばか)りかあわれに覚えて初対面から膝(ひざ)をくずして語る炬燵(こたつ)に相(あい)宿(やど)の友もなき珠運(しゅうん)、微(かすか)なる埋火(うずみび)に脚を※(「火+共」、第3水準1-87-42)(あぶ)り、つくねんとして櫓(やぐら)の上に首投(なげ)かけ、うつら/\となる所へ此方(こなた)をさして来る足音、しとやかなるは踵(かかと)に亀裂(ひび)きらせしさき程の下女にあらず。 御免なされと襖(ふすま)越しのやさしき声に胸ときめき、為(し)かけた欠伸(あくび)を半分噛(か)みて何とも知れぬ返辞をすれば、唐紙(からかみ)する/\と開き丁寧(ていねい)に辞義(じぎ)して、冬の日の木曾路(きそじ)嘸(さぞ)や御疲(おつかれ)に御座りましょうが御覧下され是(これ)は当所の名誉花漬(はなづけ)今年の夏のあつさをも越して今降る雪の真最中(まっさいちゅう)、色もあせずに居(お)りまする梅桃桜のあだくらべ、御意に入りましたら蔭膳(かげぜん)を信濃(しなの)へ向(む)けて人知らぬ寒さを知られし都の御方(おかた)へ御土産(おみやげ)にと心憎き愛嬌(あいきょう)言葉商買(しょうばい)の艶(つや)とてなまめかしく売物に香(か)を添ゆる口のきゝぶりに利発あらわれ、世馴(よな)れて渋らず、さりとて軽佻(かるはずみ)にもなきとりなし、持ち来(きた)りし包(つつみ)静(しずか)にひらきて二箱三箱差し出(いだ)す手(て)つきしおらしさに、花は余所(よそ)になりてうつゝなく覗(のぞ)き込む此方(こなた)の眼(め)を避けて背向(そむ)くる顔、折から透間(すきま)洩(も)る風(かぜ)に燈火(ともしび)動き明らかには見えざるにさえ隠れ難き美しさ。 我(が)折(お)れ深山(みやま)に是(これ)は何物。

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第二 如是体(にょぜたい)

粋(すい)の羯羅藍(かららん)と実(じつ)の阿羅藍(あららん)

見て面白き世の中に聞(きい)て悲しき人の上あり。 昔は此(この)京(きょう)にして此妓(こ)ありと評判は八坂(やさか)の塔より高く其(その)名は音羽(おとわ)の滝より響きし室香(むろか)と云(い)える芸子(げいこ)ありしが、さる程に地主権現(じしゅごんげん)の花の色盛者(しょうじゃ)必衰の理(ことわり)をのがれず、梅岡(うめおか)何某(なにがし)と呼ばれし中国浪人のきりゝとして男らしきに契(ちぎり)を込め、浅からぬ中となりしより他(よそ)の恋をば贔負(ひいき)にする客もなく、線香の煙り絶々(たえだえ)になるにつけても、よしやわざくれ身は朝顔のと短き命、捨撥(すてばち)にしてからは恐ろしき者にいうなる新徴組(しんちょうぐみ)何の怖(こわ)い事なく三筋(みすじ)取っても一筋心(ひとすじごころ)に君さま大事と、時を憚(はばか)り世を忍ぶ男を隠匿(かくまい)し半年あまり、苦労の中にも助(たすく)る神の結び玉(たま)いし縁なれや嬉しき情(なさけ)の胤(たね)を宿して帯の祝い芽出度(めでたく)舒(の)びし眉間(みけん)に忽(たちま)ち皺(しわ)の浪(なみ)立(たち)て騒がしき鳥羽(とば)伏見(ふしみ)の戦争。 さても方様(かたさま)の憎い程な気強さ、爰(ここ)なり丈夫(おとこ)の志を遂(と)ぐるはと一(ひ)ト群(むれ)の同志(どうし)を率いて官軍に加わらんとし玉うを止(とど)むるにはあらねど生死(しょうじ)争う修羅(しゅら)の巷(ちまた)に踏(ふみ)入(い)りて、雲のあなたの吾妻里(あづまじ)、空寒き奥州(おうしゅう)にまで帰る事は云(い)わずに旅立(たびだち)玉う離別(わかれ)には、是(これ)を出世の御発途(おんかどいで)と義理で暁(さと)して雄々(おお)しき詞(ことば)を、口に云わする心が真情(まこと)か、狭き女の胸に余りて案じ過(すご)せば潤(うる)む眼(め)の、涙が無理かと、粋(すい)ほど迷う道多くて自分ながら思い分たず、うろ/\する内(うち)日は消(たち)て愈※(二の字点、1-2-22)(いよいよ)となり、義経袴(よしつねばかま)に男山(おとこやま)八幡(はちまん)の守りくけ込んで愚(おろか)なと笑(わらい)片頬(かたほ)に叱(しか)られし昨日(きのう)の声はまだ耳に残るに、今、今の御姿(おすがた)はもう一里先か、エヽせめては一日路(いちにちじ)程も見透(みとお)したきを役立(たた)ぬ此眼の腹立(だた)しやと門辺(かどべ)に伸び上(あが)りての甲斐(かい)なき繰言(くりごと)それも尤(もっとも)なりき。 一(ひ)ト月過ぎ二(ふ)タ月過(すぎ)ても此(この)恨(うらみ)綿々(めんめん)ろう/\として、筑紫琴(つくしごと)習う隣家(となり)の妓(こ)がうたう唱歌も我に引き較(くら)べて絶ゆる事なく悲しきを、コロリン、チャンと済(すま)して貰(もら)い度(た)しと無慈悲の借金取めが朝に晩にの掛合(かけあい)、返答も力無(な)や男松(おまつ)を離れし姫蔦(ひめづた)の、斯(こう)も世の風に嬲(なぶ)らるゝ者(もの)かと俯(うつむ)きて、横眼に交張(まぜば)りの、袋戸(ふくろど)に広重(ひろしげ)が絵見ながら、悔(くや)しいにつけゆかしさ忍ばれ、方様(かたさま)早う帰って下されと独言(ひとりごと)口を洩(も)るれば、利足(りそく)も払わず帰れとはよく云えた事と吠付(ほえつか)れ。 アヽ大きな声して下さるな、あなたにも似合わぬと云いさして、御腹(おなか)には大事の/\我子(わがこ)ではない顔見ぬ先からいとしゅうてならぬ方様(かたさま)の紀念(かたみ)、唐土(もろこし)には胎教という事さえありてゆるがせならぬ者と或夜(あるよ)の物語りに聞しに此ありさまの口惜(くちおし)と腸(はらわた)を断つ苦しさ。 天女も五衰(ごすい)ぞかし、玳瑁(たいまい)の櫛(くし)、真珠の根掛(ねがけ)いつか無くなりては華鬘(けまん)の美しかりける俤(おもかげ)とどまらず、身だしなみ懶(ものう)くて、光ると云われし色艶(いろつや)屈托(くったく)に曇り、好みの衣裳(いしょう)数々彼に取られ是(これ)に易(か)えては、着古しの平常衣(ふだんぎ)一つ、何の焼(たき)かけの霊香(れいきょう)薫ずべきか、泣き寄りの親身(しんみ)に一人の弟(おとと)は、有っても無きに劣(おと)る賭博(ばくち)好き酒好き、落魄(おちぶれ)て相談相手になるべきならねば頼むは親切な雇婆(やといばば)計(ばか)り、あじきなく暮らす中(うち)月満(みち)て産声(うぶごえ)美(うるわ)しく玉のような女の子、辰(たつ)と名付(づけ)られしはあの花漬(はなづけ)売りなりと、是(これ)も昔は伊勢(いせ)参宮の御利益(ごりやく)に粋(すい)という事覚えられしらしき宿屋の親爺(おやじ)が物語に珠運も木像ならず、涙掃(はら)って其後(そののち)を問えば、御待(おまち)なされ、話しの調子に乗って居る内、炉の火が淋(さみ)しゅうなりました。

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第三 如是性(にょぜしょう)

上 母は嵐(あらし)に香(か)の迸(はし)る梅

山家(やまが)の御馳走(ごちそう)は何処(いずく)も豆腐湯波(ゆば)干鮭(からざけ)計(ばか)りなるが今宵(こよい)はあなたが態々(わざわざ)茶の間に御出掛(おでかけ)にて開化の若い方には珍らしく此(この)兀爺(はげじい)の話を冒頭(あたま)から潰(つぶ)さずに御聞(おきき)なさるが快ければ、夜長の折柄(おりから)お辰(たつ)の物語を御馳走に饒舌(しゃべり)りましょう、残念なは去年ならばもう少し面白くあわれに申し上(あげ)て軽薄(けいはく)な京の人イヤ是(これ)は失礼、やさしい京の御方(おかた)の涙を木曾(きそ)に落さ落(おと)させよう者を惜しい事には前歯一本欠けた所(とこ)から風が洩(も)れて此春以来御文章(おふみさま)を読(よむ)も下手になったと、菩提所(ぼだいしょ)の和尚(おしょう)様に云(い)われた程なれば、ウガチとかコガシとか申す者は空抜(うろぬき)にしてと断りながら、青内寺(せいないじ)煙草(たばこ)二三服馬士(まご)張(ば)りの煙管(きせる)にてスパリ/\と長閑(のどか)に吸い無遠慮に榾(ほだ)さし焼(く)べて舞い立つ灰の雪袴(ゆきんばかま)に落ち来(きた)るをぽんと擲(はた)きつ、どうも私幼少から読本(よみほん)を好きました故(ゆえ)か、斯(こう)いう話を致しますると図に乗っておかしな調子になるそうで、人我(にんが)の差別(しゃべつ)も分り憎くなると孫共(まごども)に毎度笑われまするが御聞(おきき)づらくも癖ならば癖ぞと御免(おゆるし)なされ。 さてもそののち室香(むろか)はお辰を可愛(かわゆ)しと思うより、情(じょう)には鋭き女の勇気をふり起して昔取ったる三味(しゃみ)の撥(ばち)、再び握っても色里の往来して白痴(こけ)の大尽、生(なま)な通人(つうじん)めらが間(あい)の周旋(とりもち)、浮(うか)れ車座のまわりをよくする油さし商売は嫌(いや)なりと、此度(このたび)は象牙(ぞうげ)を柊(ひいらぎ)に易(か)えて児供(こども)を相手の音曲(おんぎょく)指南(しなん)、芸は素(もと)より鍛錬を積(つみ)たり、品行(みもち)は淫(みだら)ならず、且(かつ)は我子(わがこ)を育てんという気の張(はり)あればおのずから弟子にも親切あつく良い御師匠(おししょう)様と世に用いられて爰(ここ)に生計(くらし)の糸道も明き細いながら炊煙(けむり)絶(たえ)せず安らかに日は送れど、稽古(けいこ)する小娘が調子外れの金切声(かなきりごえ)今も昔わーワッとお辰のなき立つ事の屡(しばしば)なるに胸苦しく、苦労ある身の乳も不足なれば思い切って近き所へ里子にやり必死となりて稼(かせ)ぐありさま余所(よそ)の眼(め)さえ是(これ)を見て感心なと泣きぬ。 それにつれなきは方様(かたさま)の其後(そののち)何の便(たより)もなく、手紙出そうにも当所(あてどころ)分らず、まさかに親子笈(おい)づるかけて順礼にも出られねば逢(あ)う事は夢に計(ばか)り、覚めて考うれば口をきかれなかったはもしや流丸(それだま)にでも中(あた)られて亡くなられたか、茶絶(ちゃだち)塩絶(しおだち)きっとして祈るを御存知ない筈(はず)も無かろうに、神様も恋しらずならあり難くなしと愚痴と一所(いっしょ)にこぼるゝ涙流れて止(とどま)らぬ月日をいつも/\憂いに明(あか)し恨(うらみ)に暮らして我(わが)齢(とし)の寄るは知ねども、早い者お辰はちょろ/\歩行(あるき)、折ふしは里親と共に来てまわらぬ舌に菓子ねだる口元、いとしや方様に生き写しと抱き寄せて放し難く、遂(つい)に三歳(みっつ)の秋より引き取って膝下(ひざもと)に育(そだつ)れば、少しは紛(まぎ)れて貧家に温(ぬく)き太陽(ひ)のあたる如(ごと)く淋(さび)しき中にも貴き笑(わらい)の唇に動きしが、さりとては此子(このこ)の愛らしきを見様(みよう)とも仕玉(したま)わざるか帰家(かえら)れざるつれなさ、子供心にも親は恋しければこそ、父様(ととさま)御帰りになった時は斯(こう)して為(す)る者ぞと教えし御辞誼(おじぎ)の仕様(しよう)能(よ)く覚えて、起居(たちい)動作(ふるまい)のしとやかさ、能(よ)く仕付(しつけ)たと誉(ほめ)らるゝ日を待(まち)て居るに、何処(どこ)の竜宮(りゅうぐう)へ行かれて乙姫(おとひめ)の傍(そば)にでも居(お)らるゝ事ぞと、少しは邪推の悋気(りんき)萌(きざ)すも我を忘れられしより子を忘れられし所には起る事、正しき女にも切なき情(じょう)なるに、天道怪しくも是(これ)を恵まず。 運は賽(さい)の眼の出所(でどころ)分らぬ者にてお辰の叔父(おじ)ぶんなげの七(しち)と諢名(あだな)取りし蕩楽者(どうらくもの)、男は好(よ)けれど根性図太く誰(たれ)にも彼にも疎(うと)まれて大の字に寝たとて一坪には足らぬ小さき身を、広き都に置きかね漂泊(ただよい)あるきの渡り大工、段々と美濃路(みのじ)を歴(へ)て信濃(しなの)に来(きた)り、折しも須原(すはら)の長者何がしの隠居所作る手伝い柱を削れ羽目板を付(つけ)ろと棟梁(とうりょう)の差図(さしず)には従えど、墨縄(すみなわ)の直(すぐ)なには傚(なら)わぬ横道(おうどう)、お吉(きち)様と呼ばせらるゝ秘蔵の嬢様にやさしげな濡(ぬれ)を仕掛け、鉋屑(かんなくず)に墨さし思(おもい)を云(い)わせでもしたるか、とう/\そゝのかしてとんでもなき穴掘り仕事、それも縁なら是非なしと愛に暗(くら)んで男の性質も見(み)分(わけ)ぬ長者のえせ粋(すい)三国一の狼婿(おおかみむこ)、取って安堵(あんど)したと知らぬが仏様に其年(そのとし)なられし跡は、山林家(いえ)蔵(くら)椽(えん)の下の糠味噌瓶(ぬかみそがめ)まで譲り受けて村中(じゅう)寄り合いの席に肩(かた)ぎしつかせての正坐(しょうざ)、片腹痛き世や。 あわれ室香(むろか)はむら雲迷い野分(のわけ)吹く頃(ころ)、少しの風邪に冒されてより枕(まくら)あがらず、秋の夜冷(ひややか)に虫の音遠ざかり行くも観念の友となって独り寝覚(ねざめ)の床淋しく、自ら露霜のやがて消(きえ)ぬべきを悟り、お辰素性(すじょう)のあらまし慄(ふる)う筆のにじむ墨に覚束(おぼつか)なく認(したた)めて守り袋に父が書き捨(すて)の短冊(たんざく)一(ひ)トひらと共に蔵(おさ)めやりて、明日をもしれぬ我(わ)がなき後頼りなき此子(このこ)、如何(いか)なる境界に落(おつ)るとも加茂(かも)の明神も御憐愍(ごれんみん)あれ、其人(そのひと)命あらば巡(めぐ)り合(あわ)せ玉いて、芸子(げいこ)も女なりやさしき心入れ嬉(うれ)しかりきと、方様の一言(ひとこと)を草葉の蔭(かげ)に聞(きか)せ玉えと、遙拝(ようはい)して閉じたる眼をひらけば、燈火(ともしび)僅(わずか)に蛍(ほたる)の如く、弱き光りの下(もと)に何の夢見て居るか罪のなき寝顔、せめてもう十(とお)計りも大きゅうして銀杏(いちょう)髷(まげ)結わしてから死にたしと袖(そで)を噛(か)みて忍び泣く時お辰魘(おそ)われてアッと声立て、母様(かかさま)痛いよ/\坊(ぼう)の父様(ととさま)はまだ帰(か)えらないかえ、源(げん)ちゃんが打(ぶ)つから痛いよ、父(とと)の無いのは犬の子だってぶつから痛いよ。 オヽ道理(もっとも)じゃと抱き寄すれば其(その)儘(まま)すや/\と睡(ねむ)るいじらしさ、アヽ死なれぬ身の疾病(やまい)、是(これ)ほどなさけなき者あろうか。

下 子は岩蔭(いわかげ)に咽(むせ)ぶ清水(しみず)よ

格子戸(こうしど)がら/\とあけて閉(しめ)る音は静(しずか)なり。 七蔵(しちぞう)衣装(いしょう)立派に着飾りて顔付高慢くさく、無沙汰(ぶさた)謝(わび)るにはあらで誇り気(げ)に今の身となりし本末を語り、女房(にょうぼう)に都見物致(いた)させかた/″\御近付(おちかづき)に連(つれ)て参ったと鷹風(おおふう)なる言葉の尾につきて、下ぐる頭(かしら)低くしとやかに。 妾(わたくし)めは吉(きち)と申す不束(ふつつか)な田舎者、仕合(しあわ)せに御縁の端に続(つな)がりました上は何卒(なにとぞ)末長く御眼(おめ)かけられて御不勝(ごふしょう)ながら真実(しんみ)の妹とも思(おぼ)しめされて下さりませと、演(のぶ)る口上に樸厚(すなお)なる山家(やまが)育ちのたのもしき所見えて室香(むろか)嬉敷(うれしく)、重き頭(かしら)をあげてよき程に挨拶(あいさつ)すれば、女心の柔(やわらか)なる情(なさけ)ふかく。 姉様(あねさま)の是(これ)ほどの御病気、殊更(ことさら)御幼少(おちいさい)のもあるを他人任せにして置きまして祇園(ぎおん)清水(きよみず)金銀閣見たりとて何の面白かるべき、妾(わたし)は是(これ)より御傍(おそば)さらず[#「御傍さらず」は底本では「御傍さらす」]御看病致しましょと云(い)えば七蔵顔(つら)膨(ふく)らかし、腹の中(うち)には余計なと思い乍(なが)ら、ならぬとも云い難く、それならば家も狭しおれ丈(だ)ケは旅宿に帰るべしといって其(その)晩は夜食の膳(ぜん)の上、一酌(いっしゃく)の酔(よい)に浮(うか)れてそゞろあるき、鼻歌に酒の香(か)を吐き、川風寒き千鳥足、乱れてぽんと町か川端(かわばた)あたりに止(とど)まりし事あさまし。 室香はお吉に逢(あ)いてより三日目、我子(わがこ)を委(ゆだ)ぬる処(ところ)を得て気も休まり、爰(ここ)ぞ天の恵み、臨終正念(しょうねん)たがわず、安(やすら)かなる大往生、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)は嬌喉(きょうこう)に粋(すい)の果(はて)を送り三重(さんじゅう)、鳥部野(とりべの)一片の烟(けむり)となって御法(みのり)の風に舞い扇、極楽に歌舞の女菩薩(にょぼさつ)一員(いちにん)増したる事疑いなしと様子知りたる和尚様(おしょうさま)随喜の涙を落(おと)されし。 お吉其儘(そのまま)あるべきにあらねば雇い婆(ばば)には銭(かね)やって暇(ひま)取らせ、色々片付(かたづく)るとて持仏棚(じぶつだな)の奥に一つの包物(つつみもの)あるを、不思議と開き見れば様々の貨幣(かね)合せて百円足らず、是はと驚きて能々(よくよく)見るに、我身(わがみ)万一の時お辰(たつ)引き取って玉(たま)わる方へせめてもの心許(こころばか)りに細き暮らしの中(うち)より一銭二銭積み置きて是をまいらするなりと包み紙に筆の跡、読みさして身の毛立つ程悲しく、是までに思い込まれし子を育てずに置(おか)れべきかと、遂(つい)に五歳(いつつ)のお辰をつれて夫と共に須原(すはら)に戻(もど)りけるが、因果は壺皿(つぼざら)の縁(ふち)のまわり、七蔵本性をあらわして不足なき身に長半をあらそえば段々悪徒の食物(くいもの)となりて痩(や)せる身代の行末(ゆくすえ)を気遣(きづか)い、女房うるさく異見(いけん)すれば、何の女の知らぬ事、ぴんからきりまで心得て穴熊(あなぐま)毛綱(けづな)の手品(てづま)にかゝる我ならねば負くる計(ばか)りの者にはあらずと駈出(かけだし)して三日帰らず、四日帰らず、或(あるい)は松本善光寺又は飯田(いいだ)高遠(たかとお)あたりの賭場(とば)あるき、負(まく)れば尚(なお)も盗賊(どろぼう)に追い銭の愚を尽し、勝てば飯盛(めしもり)に祝い酒のあぶく銭(ぜに)を費す、此癖(このくせ)止めて止まらぬ春駒(はるごま)の足掻(あがき)早く、坂道を飛び下(おり)るより迅(すみやか)に、親譲りの山も林もなくなりかゝってお吉心配に病死せしより、齢(とし)は僅(わずか)に十(とお)の冬、お辰浮世の悲(かなし)みを知りそめ叔父(おじ)の帰宅(かえ)らぬを困り途方(とほう)に暮れ居たるに、近所の人々、彼奴(きゃつ)め長久保(ながくぼ)のあやしき女の許(もと)に居続(いつづけ)して妻の最期(さいご)を余所(よそ)に見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式(ともらい)済(すま)したるが、七蔵此後(こののち)愈(いよいよ)身持(みもち)放埒(ほうらつ)となり、村内の心ある者には爪(つま)はじきせらるゝをもかまわず遂(つい)に須原の長者の家敷(やしき)も、空(むな)しく庭中(うち)の石燈籠(いしどうろう)に美しき苔(こけ)を添えて人手に渡し、長屋門のうしろに大木の樅(もみ)の梢(こずえ)吹く風の音ばかり、今の耳にも替(かわ)らずして、直(すぐ)其傍(そのそば)なる荒屋(あばらや)に住(すま)いぬるが、さても下駄(げた)の歯(は)と人の気風は一度ゆがみて一代なおらぬもの、何一(ひ)トつ満足なる者なき中にも盃(さかずき)のみ欠かけず、柴木(しばき)へし折って箸(はし)にしながら象牙(ぞうげ)の骰子(さい)に誇るこそ愚(おろか)なれ。

発端(ほったん) 如是我聞(にょぜがもん)

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風流仏 - 情報

風流仏

ふうりゅうぶつ

文字数 32,014文字

著者リスト:
著者:幸田 露伴

底本 日本の文学 3 五重塔・運命

親本 風流仏

青空情報


底本:「日本の文学 3 五重塔・運命」ほるぷ出版
   1985(昭和60)年2月1日初版第1刷発行
底本の親本:「風流仏」吉岡書籍店
   1889(明治22)年9月発行
入力:kompass
校正:今井忠夫
2003年12月8日作成
2014年7月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:風流仏

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