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道化の華

著者:太宰治

どうけのはな - だざい おさむ

文字数:35,130 底本発行年:1936
著者リスト:
著者太宰 治
親本: 晩年
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序章-章なし

「ここを過ぎて悲しみのまち。」

友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。 友よ、僕と語れ、僕を笑へ。 ああ、友はむなしく顏をそむける。 友よ、僕に問へ。 僕はなんでも知らせよう。 僕はこの手もて、園を水にしづめた。 僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。 もつと言はうか。 ああ、けれども友は、ただかなしき眼もて僕を眺める。

大庭葉藏はベツドのうへに坐つて、沖を見てゐた。 沖は雨でけむつてゐた。

夢より醒め、僕はこの數行を讀みかへし、その醜さといやらしさに、消えもいりたい思ひをする。 やれやれ、大仰きはまつたり。 だいいち、大庭葉藏とはなにごとであらう。 酒でない、ほかのもつと強烈なものに醉ひしれつつ、僕はこの大庭葉藏に手を拍つた。 この姓名は、僕の主人公にぴつたり合つた。 大庭は、主人公のただならぬ氣魄を象徴してあますところがない。 葉藏はまた、何となく新鮮である。 古めかしさの底から湧き出るほんたうの新しさが感ぜられる。 しかも、大庭葉藏とかう四字ならべたこの快い調和。 この姓名からして、すでに劃期的ではないか。 その大庭葉藏が、ベツドに坐り雨にけむる沖を眺めてゐるのだ。 いよいよ劃期的ではないか。

よさう。 おのれをあざけるのはさもしいことである。 それは、ひしがれた自尊心から來るやうだ。 現に僕にしても、ひとから言はれたくないゆゑ、まづまつさきにおのれのからだへ釘をうつ。 これこそ卑怯だ。 もつと素直にならなければいけない。 ああ、謙讓に。

大庭葉藏。

笑はれてもしかたがない。 鵜のまねをする烏。 見ぬくひとには見ぬかれるのだ。 よりよい姓名もあるのだらうけれど、僕にはちよつとめんだうらしい。 いつそ「私」としてもよいのだが、僕はこの春、「私」といふ主人公の小説を書いたばかりだから二度つづけるのがおもはゆいのである。 僕がもし、あすにでもひよつくり死んだとき、あいつは「私」を主人公にしなければ、小説を書けなかつた、としたり顏して述懷する奇妙な男が出て來ないとも限らぬ。 ほんたうは、それだけの理由で、僕はこの大庭葉藏をやはり押し通す。

序章-章なし
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道化の華 - 情報

道化の華

どうけのはな

文字数 35,130文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集2 (2)

親本 晩年

青空情報


底本:「太宰治全集2」筑摩書房
   1998(平成10)年5月25日初版第1刷発行
底本の親本:「晩年」第一小説集叢書、砂子屋書房
   1936(昭和11)年6月25日
初出:「日本浪漫派 第一巻第三号」
   1935(昭和10)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:赤木孝之
校正:小林繁雄
1999年7月13日公開
2016年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:道化の華

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