• URLをコピーしました!

黄金虫

著者:エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe

こがねむし

文字数:39,163 底本発行年:1951
著者リスト:
底本: 黒猫・黄金虫
0
0
0


序章-章なし

[#ページの左右中央]

おや、おや! こいつ気が狂ったみたいに踊っている。 タラント蜘蛛ぐもまれたんだな。

『みんな間違い(1)

[#改ページ]

もうよほど以前のこと、私はウィリアム・ルグラン君という人と親しくしていた。 彼は古いユグノー(2)の一家の子孫で、かつては富裕であったが、うちつづく不運のためすっかり貧窮に陥っていた。 その災難に伴う屈辱を避けるために、彼は先祖の代から住み慣れたニュー・オーリアンズ(3)の町を去って、南カロライナ州のチャールストンに近いサリヴァン島に住むことになった。

この島は非常に妙な島だ。 ほとんど海の砂ばかりでできていて、長さは三マイルほどある。 幅はどこでも四分の一マイルを超えない。 水鶏くいなが好んで集まる、粘土ねばつちあしが一面に生いしげったところをじくじく流れる、ほとんど目につかないような小川で、本土から隔てられている。 植物はもとより少なく、またあったにしてもとても小さなものだ。 大きいというほどの樹木は一本も見あたらない。 島の西端にはモールトリー要塞ようさい(4)があり、また夏のあいだチャールストンの塵埃じんあいと暑熱とをのがれて来る人々の住むみすぼらしい木造の家が何軒かあって、その近くには、いかにもあのもしゃもしゃした棕櫚しゅろ(5)の林があるにはあった。 しかしこの西端と、海岸の堅い白いなぎさの線とをのぞいては、島全体は、イギリスの園芸家たちの非常に珍重するあのかんばしい桃金嬢マートルの下生えでぎっしりおおわれているのだ。 この灌木かんぼくは、ここではしばしば十五フィートから二十フィートの高さにもなって、ほとんど通り抜けられないくらいの叢林そうりんとなって、あたりの大気をそのかぐわしい芳香でみたしている。

この叢林のいちばん奥の、つまり、島の東端からあまり遠くないところに、ルグランは自分で小さな小屋を建てて、私がふとしたことから初めて彼と知りあったときには、そこに住んでいたのだった。 私たちは間もなく親密になっていった。 ――というのは、この隠遁者いんとんしゃには興味と尊敬の念とを起させるものが多分にあったからなのだ。 私には、彼がなかなか教育があって、頭脳の力が非常にすぐれているが、すっかり人間嫌いミザンスロピーになっていて、いま熱中したかと思うとたちまち憂鬱ゆううつになるといった片意地な気分に陥りがちだ、ということがわかった。 彼は書物はたくさん持っていたが、たまにしか読まなかった。 主な楽しみといえば、銃猟や魚釣さかなつり、あるいは貝殻かいがら昆虫こんちゅう学の標本を捜しながら、なぎさを伝い桃金嬢の林のなかを通ってぶらつくことなどであった。 ――その昆虫学の標本の蒐集しゅうしゅうは、スワンメルダム(6)のような昆虫学者にも羨望せんぼうされるくらいのものだった。 こういった遠出をする場合には、たいていジュピターという年寄りの黒人がおともをしていた。 彼はルグラン家の零落する前に解放されていたのだが、若い「ウィル旦那だんな」のあとについて歩くことを自分の権利と考えて、おどかしても、すかしても、それをやめさせることができなかった。 ことによったら、ルグランの親戚しんせきの者たちが、ルグランの頭が少し変なのだと思って、この放浪癖の男を監視し後見させるつもりで、ジュピターにそんな頑固がんこさを教えこんでおいたのかもしれない。

サリヴァン島のある緯度のあたりでは、冬でも寒さが非常にきびしいということはめったになく、秋には火がなくてはたまらぬというようなことはまったくまれである。 しかし、一八――年の十月のなかばごろ、ひどくひえびえする日があった。 ちょうど日没前、私はあの常磐木ときわぎのあいだをかきわけて友の小屋の方へ行った。 その前三、四週間ほど私は彼を訪ねたことがなかった。 ――私の住居はそのころこの島から九マイル離れているチャールストンにあって、往復の便利は今日よりはずっとわるかった。 小屋に着くと、いつも私の習慣にしているようにとびらたたいたが、なんの返事もないので、自分の知っているかぎの隠し場所を捜し、扉の錠をあけてなかへ入った。 炉には気持のいい火があかあかと燃えていた。 これは思いがけぬ珍しいものでもあり、また決してありがたからぬものでもなかった。 私は外套がいとうを脱ぎすてると、ぱちぱち音をたてて燃えている丸太のそばへ肘掛椅子ひじかけいすをひきよせて、この家の主人たちの帰ってくるのを気長に待っていた。

暗くなってから間もなく彼らは帰ってきて、心から私を歓迎してくれた。 ジュピターは耳もとまで口をあけてにたにた笑いながら、晩餐ばんさんに水鶏を料理しようと忙しく立ち働いた。 ルグランは例の熱中する発作――発作とでも言わなければほかになんと言おう? ――にかかっていた。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

黄金虫 - 情報

黄金虫

こがねむし

文字数 39,163文字

著者リスト:

底本 黒猫・黄金虫

青空情報


底本:「黒猫・黄金虫」新潮文庫、新潮社
   1951(昭和26)年8月15日発行
   1995(平成7)年10月15日89刷改版
   1997(平成9)年11月25日93刷
入力:福田直子
校正:鈴木厚司
2004年6月10日作成
2014年2月24日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:黄金虫

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!