ウィリアム・ウィルスン
原題:WILLIAM WILSON
著者:エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe
ウィリアム・ウィルスン
文字数:23,622 底本発行年:1951
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それをなんと言うのだ? わが道に立つかの
チェインバリン(1)「ファロニダ」
[#改ページ]
さしあたり、私は自分をウィリアム・ウィルスンという名にしておくことにしよう。
わざわざ本名をしるして、いま自分の前にあるきれいなページをよごすほどのことはない。
その私の名前は、すでにあまりにわが家門の
私はいまここで、たといそれができたにしても、自分の近年のなんとも言いようのない不幸と、許しがたい罪悪との記録を書きしるそうとはしまい。
この時期――この近年――に背徳行為が急にひどくなったのであって、そのそもそものきっかけだけを語るのが、私のさしあたっての目的なのである。
人間というものは普通は一歩一歩と堕落してゆくものだ。
ところが、私の場合では、あらゆる徳が一時にマントのようにそっくり落ちてしまった。
わりあいに小さな悪事から、私は大またぎにエラガバルス(2)だってやれないような大悪無道へ跳びこんだ。
どうしためぐり合せで――どんな一つの出来事からこんな悪いことになったのか、私が語るあいだ、しばらく耳を貸していただきたい。
死は近づく。
それを前ぶれする影は、私の心をやわらげる。
ほの暗い谷(3)を歩みながら、私は世の人々の同情を――むしろ
私は、想像力に富んで、しかもたやすく興奮する気質のために昔からずっと有名だった一族の子孫である。
そして、まだごく幼いころから、この家族の性格を十分にうけついでいる証拠をあらわしていた。
成長するにしたがって、その性格はいっそう強く発達し、いろいろな理由で、友人たちにはたいへん心配をかけたし、また自分自身には非常な損害をかける原因となった。
私は
学校生活についての私のいちばん古い思い出は、霧のかかったようなあるイングランドの村にある、大きな、不格好な、エリザベス時代風の建物につながっている。
その村には
この学校と、それに関したこととの、こまかな思い出にふけることがおそらく、いま自分のどうやら経験できるいちばん多くの快楽を私に与えてくれるのだ。
私は不幸のなかにひたされてはいるのだが――ああ! ただあまりに真実すぎる不幸――二、三のとりとめのない事がらを述べたてて、ほんの少しの一時的なものであろうとも、慰めを求めることは、許してもらえるだろう。
そのうえ、これらの事がらは、まったく小さな、またそれだけとしてはばかばかしいものではあるが、のちに自分にすっかり
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ウィリアム・ウィルスン - 情報
青空情報
底本:「黒猫・黄金虫」新潮文庫、新潮社
1951(昭和26)年8月15日発行
1995(平成7)年10月15日89刷改版
2004(平成16)年2月5日100刷
入力:kompass
校正:土屋隆
2005年11月1日作成
2014年3月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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