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パンドラの匣

著者:太宰治

パンドラのはこ - だざい おさむ

文字数:84,288 底本発行年:1973
著者リスト:
著者太宰 治
底本: パンドラの匣
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作者の言葉

この小説は、「健康道場」と称するる療養所で病いと闘っている二十歳の男の子から、その親友にてた手紙の形式になっている。 手紙の形式の小説は、これまでの新聞小説には前例が少かったのではなかろうかと思われる。 だから、読者も、はじめの四、五回は少し勝手が違ってまごつくかも知れないが、しかし、手紙の形式はまた、現実感が濃いので、昔から外国にいても、日本に於いても多くの作者にって試みられて来たものである。

「パンドラのはこ」という題については、明日のこの小説の第一回に於て書き記してあるはずだし、此処ここで申上げて置きたい事は、もう何も無い。

はなはだぶあいそな前口上でいけないが、しかし、こんなぶあいそな挨拶あいさつをする男の書く小説が案外面白おもしろい事がある。

[#地から2字上げ、2行にわたる丸括弧で挟んだ2行組み](昭和二十年秋、河北新報に連載の際に読者になせる作者の言葉による。)

[#改ページ]

幕ひらく

君、思い違いしちゃいけない。 ぼくは、ちっとも、しょげてはいないのだ。 君からあんな、なぐさめの手紙をもらって、僕はまごついて、それから何だか恥ずかしくて赤面しました。 妙に落ちつかない気持でした。 こんな事を言うと、君は怒るかも知れないけれど、僕は君の手紙を読んで、「古いな」と思いました。 君、もうすでに新しい幕がひらかれてしまっているのです。 しかも、われらの先祖のいちども経験しなかった全然あたらしい幕が。

古い気取りはよそうじゃないか。 それはもうたいてい、ウソなのだから。 僕は、いま、自分のこの胸の病気に就いても、ちっとも気にしてはいない。 病気の事なんか、忘れてしまった。 病気の事だけじゃない。 何でもみんな忘れてしまった。 僕がこの健康道場にはいったのは、戦争がすんで急に命が惜しくなって、これから丈夫なからだになり、何とかして一つ立身出世、なんて事のためでは勿論もちろんないし、また、早く病気をなおしてお父さんに安心させたい、お母さんを喜ばせたいなどという涙ぐましいような殊勝な孝心からでも無かったのだ。 しかし、また、へんなやけくそを起してこんな辺鄙へんぴな場所へ来てしまったというわけでも無いんだ。 ひとの行為にいちいち説明をつけるのが既に古い「思想」のあやまりではなかろうか。 無理な説明は、しばしばウソのこじつけに終っている事が多い。 理論の遊戯はもうたくさんだ。 概念のすべてが言い尽されて来たじゃないか。 僕がこの健康道場にはいったのには、だから何も理由なんか無いと言いたい。 或る日、或る時、聖霊が胸に忍び込み、涙がほおを洗い流れて、そうしてひとりでずいぶん泣いて、そのうちに、すっとからだが軽くなり、頭脳が涼しく透明になった感じで、その時から僕は、ちがう男になったのだ。 それまで隠していたのだが、僕はすぐに、

喀血かっけつした。」

とお母さんに言って、お父さんは、僕のためにこの山腹の健康道場を選んでくれた。 本当にもう、それだけの事だ。 或る日、或る時とは、どんな事か。 それは君にもおわかりだろう。 あの日だよ。 あの日の正午だよ。 ほとんど奇蹟きせきの、天来の御声みこえに泣いておわびを申し上げたあの時だよ。

作者の言葉

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パンドラの匣 - 情報

パンドラの匣

パンドラのはこ

文字数 84,288文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 パンドラの匣

青空情報


底本:「パンドラの匣」新潮文庫、新潮社
   1973(昭和48)年10月30日発行
   1997(平成9)年12月20日46刷
初出:「河北新報」河北新報社
   1945(昭和20)年10月22日〜1946(昭和21)年1月7日
入力:SAME SIDE
校正:細渕紀子
2003年1月27日作成
2015年10月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:パンドラの匣

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