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蟹工船

著者:小林多喜二

かにこうせん - こばやし たきじ

文字数:61,147 底本発行年:1953
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著者小林 多喜二
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「おい地獄さぐんだで!」

二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛かたつむりが背のびをしたように延びて、海をかかえ込んでいる函館はこだての街を見ていた。 ――漁夫は指元まで吸いつくした煙草たばこつばと一緒に捨てた。 巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹サイドをすれずれに落ちて行った。 彼は身体からだ一杯酒臭かった。

赤い太鼓腹をはば広く浮かばしている汽船や、積荷最中らしく海の中から片袖かたそでをグイと引張られてでもいるように、思いッ切り片側に傾いているのや、黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、南京虫ナンキンむしのように船と船の間をせわしく縫っているランチ、寒々とざわめいている油煙やパンくずや腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。 風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。 ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接じかに響いてきた。

この蟹工船博光丸のすぐ手前に、ペンキのげた帆船が、へさきの牛の鼻穴のようなところから、いかりの鎖を下していた、甲板を、マドロス・パイプをくわえた外人が二人同じところを何度も機械人形のように、行ったり来たりしているのが見えた。 ロシアの船らしかった。 たしかに日本の「蟹工船」に対する監視船だった。

おいらもう一文も無え。 ――くそ こら」

そう云って、身体をずらして寄こした。 そしてもう一人の漁夫の手を握って、自分の腰のところへ持って行った。 袢天はんてんの下のコールテンのズボンのポケットに押しあてた。 何か小さい箱らしかった。

一人は黙って、その漁夫の顔をみた。

「ヒヒヒヒ……」と笑って、「花札はなよ」と云った。

ボート・デッキで、「将軍」のような恰好かっこうをした船長が、ブラブラしながら煙草をのんでいる。 はき出す煙が鼻先からすぐ急角度に折れて、ちぎれ飛んだ。 底に木を打った草履ぞうりをひきずッて、食物バケツをさげた船員が急がしく「おもて」の船室を出入した。 ――用意はすっかり出来て、もう出るにいいばかりになっていた。

雑夫ざつふのいるハッチを上からのぞきこむと、薄暗い船底のたなに、巣から顔だけピョコピョコ出す鳥のように、騒ぎ廻っているのが見えた。 皆十四、五の少年ばかりだった。

「お前は何処どこだ」

「××町」みんな同じだった。 函館の貧民くつの子供ばかりだった。 そういうのは、それだけで一かたまりをなしていた。

「あっちの棚は?」

「南部」

「それは?」

「秋田」

それ等は各※(二の字点、1-2-22)棚をちがえていた。

「秋田の何処だ」

うみのような鼻をたらした、眼のふちがあかべをしたようにただれているのが、

「北秋田だんし」と云った。

「百姓か?」

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蟹工船 - 情報

蟹工船

かにこうせん

文字数 61,147文字

著者リスト:

底本 蟹工船・党生活者

青空情報


底本:「蟹工船・党生活者」新潮文庫、新潮社
   1953(昭和28)年6月28日発行
   1968(昭和43)年5月30日32刷改版
   1998(平成10)年1月10日89版
初出:「戦旗」
   1929(昭和4)年5月、6月号
※「樺太」に対するルビの「からふと」と「かばふと」の混在は、底本通りです。
※複数行にかかる波括弧には、罫線素片をあてました。
入力:細見祐司
校正:富田倫生
2004年11月30日作成
2022年1月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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