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牛をつないだ椿の木

著者:新美南吉

うしをつないだつばきのき - にいみ なんきち

文字数:8,971 底本発行年:1986
著者リスト:
著者新美 南吉
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序章-章なし

やまなかみちのかたわらに、椿つばき若木わかぎがありました。 牛曳うしひきの利助りすけさんは、それにうしをつなぎました。

人力曳じんりきひきの海蔵かいぞうさんも、椿つばき根本ねもと人力車じんりきしゃをおきました。 人力車じんりきしゃうしではないから、つないでおかなくってもよかったのです。

そこで、利助りすけさんと海蔵かいぞうさんは、みずをのみにやまなかにはいってゆきました。 みちから一ちょうばかりやまにわけいったところに、きよくてつめたい清水しみずがいつもいていたのであります。

二人ふたりはかわりばんこに、いずみのふちの、しだぜんまいうえ両手りょうてをつき、はらばいになり、つめたいみずにおいをかぎながら、鹿しかのようにみずをのみました。 はらのなかが、ごぼごぼいうほどのみました。

やまなかでは、もう春蝉はるぜみいていました。

「ああ、あれがもうしたな。 あれをきくとあつくなるて。」

と、海蔵かいぞうさんが、まんじゅうがさをかむりながらいいました。

「これからまたこの清水しみずを、ゆききのたンびにませてもらうことだて。」

と、利助りすけさんは、みずをのんであせたので、手拭てぬぐいでふきふきいいました。

「もうちと、みちちかいとええがのオ。」

海蔵かいぞうさんがいいました。

「まったくだて。」

と、利助りすけさんがこたえました。 ここのみずをのんだあとでは、だれでもそんなことを挨拶あいさつのようにいいあうのがつねでした。

二人ふたり椿つばきのところへもどってると、そこに自転車じてんしゃをとめて、一人ひとりおとこひとっていました。 そのころ自転車じてんしゃ日本にっぽんにはいってたばかりのじぶんで、自転車じてんしゃっているひとは、田舎いなかでは旦那衆だんなしゅうにきまっていました。

だれだろう。」

と、利助りすけさんが、おどおどしていいました。

区長くちょうさんかもれん。」

と、海蔵かいぞうさんがいいました。 そばにてみると、それはこの附近ふきん土地とちっている、まちとしとった地主じぬしであることがわかりました。 そして、も一つわかったことは、地主じぬしがかんかんにおこっていることでした。

「やいやい、このうしだれうしだ。」

と、地主じぬし二人ふたりをみると、どなりつけました。 そのうし利助りすけさんのうしでありました。

「わしのうしだがのイ。」

「てめえのうし? これをよ。 椿つばきをみんなってすっかり坊主ぼうずにしてしまったに。」

二人ふたりが、うしをつないだ椿つばきると、それは自転車じてんしゃをもった地主じぬしがいったとおりでありました。 わか椿つばきの、やわらかいはすっかりむしりとられて、みすぼらしいつえのようなものがっていただけでした。

利助りすけさんは、とんだことになったとおもって、かおをまっかにしながら、あわててからつなをときました。 そしてもうしわけに、うしくびったまを、手綱たづなでぴしりとちました。

しかし、そんなことぐらいでは、地主じぬしはゆるしてくれませんでした。

序章-章なし
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牛をつないだ椿の木 - 情報

牛をつないだ椿の木

うしをつないだつばきのき

文字数 8,971文字

著者リスト:
著者新美 南吉

底本 少年少女日本文学館第十五巻 ごんぎつね・夕鶴

青空情報


底本:「少年少女日本文学館第十五巻 ごんぎつね・夕鶴」講談社
   1986(昭和61)年4月18日第1刷発行
   1993(平成5)年2月25日第13刷発行
入力:田浦亜矢子
校正:もりみつじゅんじ
1999年10月25日公開
2009年1月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:牛をつないだ椿の木

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