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日本料理の基礎観念

著者:北大路魯山人

にほんりょうりのきそかんねん - きたおおじ ろさんじん

文字数:7,316 底本発行年:1993
著者リスト:
底本: 魯山人の食卓
親本: 魯山人著作集
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序章-章なし

私どもが旅行をしますと、汽車の弁当を食ったり、旅館の料理を食ったりしなければなりませんが、それらはいかにも不味まずくてまったく閉口します。 そういう日本料理というものはまるでなっていません。 まだ西洋料理ならいくらか食べられます。 また、中国料理でもそうです。 してみると、西洋料理とか中国料理とかいうものは、こしらえ方がやさしいのだ、単純なのだ。 ひと通り覚えれば、誰にでも簡単にやれるのでありましょう。 ところが、日本料理というと、そうはいかないのでありまして、私どもが料理人を使っていて、朝から晩までガミガミいっていましても、なかなかうまく出来ない。 しかし、日本料理がうまく出来ると、われわれ日本人には誰の嗜好しこうにも合って、その料理がわれわれの味覚にぴったり適するのです。 しかし、このぴったりがなかなかいかないのです。

私ども内輪うちわでいくらやかましくいっていても、料理人たちはうわの空でだめですから、こういう機会に、本気で聞かせようと思っているのであります。 それで、みなさんに聞いていただきながら、いっしょに料理人にも聞かせるので、こういう機会に、みなさんを利用するようなわけでもあります。

私どもはよくこういうことを聞かれます。 何歳の子どもには、どんな食べ物がよくて、どうした料理がいいでしょうかと。 そのようなことは、ごく平凡な料理の話で、私どもは申し上げません。 私の申しますのは、このだいこんとだいこんはどうだとか、この水と水とは、このなにとなにとは、どちらが良いか悪いかという機微きびに触れること。 のりにしましても、どういうのりがもっともよいかという比較詮議せんぎをする。 そういうお話をいたしますので、例えば、一流の料理屋の刺身さしみ醤油しょうゆにしても、一々違いますが、それが区分けが出来るように、こんなことはどうも僭越せんえつですが、いわゆる食道楽くいどうらくの立場から、ぜいたくといえば、ぜいたくといえる最高の嗜好的、食べ物のお話をいたそうと思います。 そのおつもりでお聞きを願います。

料理とはことわりはかること

料理とは食というもののことわりはかるという文字を書きますが、そこに深い意味があるように思います。 ですから、合理的でなくてはなりません。 ものの道理に合わないことではいけません。 ものを合理的に処理することであります。 割烹かっぽうというのは、切るとか煮るとかいうのみのことで、食物の理を料るとはいいにくい。 料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。

真に美味おいしい料理はどうも付焼刃つけやきばでは出来ません。 隣りの奥さんがやられるからちょっとやってみようか、ではだめであります。 心から好きで、味の分る舌を持たなくては、よい料理は出来ないのであります。

料理は相手を診断せよ

自分の料理を他人に無理いしてはなりません。 相手をよく考慮して、あたかも医者が患者を診断して投薬するごとく、料理も相手に適するものでなくてはなりません。 そこに苦心がるのです。 医者が患者の容態ようだいわかるように、料理をする者は、相手の嗜好しこうを見分け、老若男女いずれにも、その要求がかなうようでなくてはなりません。 相手の腹がいているかどうか、この前にはどんなものを食べているとか、量とか質とか、平常の生活とか、現在の身体の加減とかを考慮に入れなければなりません。 それは充分、料理の体験がなくてはならぬことであろうと思います。

甘い、からいということも、甘ければ甘いで美味うまく、辛ければ辛いで美味いというふうに、どんな味であっても嗜好に叶うという、すなわち、ものの道理にそむかない味でなくてはなりません。 それですから、ただで見ることばかりではだめでありますし、また、料理は舌の上が美味いのみでも足りません。 まず目先が変わるとか、色彩の用意が異なるとかいうことで、つまり、感覚の全体に訴えて満足するとか、美味くなるという総大観になるのであります。 名医となることも、名料理人になることも、容易ではありません。

序章-章なし
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日本料理の基礎観念 - 情報

日本料理の基礎観念

にほんりょうりのきそかんねん

文字数 7,316文字

著者リスト:

底本 魯山人の食卓

親本 魯山人著作集

青空情報


底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2004(平成16)年10月18日第1刷発行
   2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1933(昭和8)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:日本料理の基礎観念

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