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だしの取り方

著者:北大路魯山人

だしのとりかた - きたおおじ ろさんじん

文字数:2,456 底本発行年:1993
著者リスト:
親本: 魯山人著作集
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序章-章なし

かつおぶしはどういうふうに選択し、どういうふうにして削るか。 まず、かつおぶしの良否の簡単な選択法をご披露しよう。 よいかつおぶしは、かつおぶしとかつおぶしとをたたき合わすと、カンカンといってまるで拍子木か、ある種の石を鳴らすみたいな音がするもの。 虫の入った木のように、ポトポトと音のする湿しめっぽいにおいのするものは悪いかつおぶし。

本節と亀節ならば、亀節がよい。 見た目に小さくとも、刺身にして美味い大きいものがやはりかつおぶしにしても美味だ。 見たところ、堂々としていても、本節は大味で、値も亀節の方が安く手に入る。

次に削り方だが、まず切れ味のよいかんなを持つこと。 切れ味の悪い鉋ではかつおぶしを削ることはむずかしい。 赤錆あかさびになったり刃の鈍くなったもので、ゴリゴリとごつく削っていたのでは、かつおぶしがたとえ百円のものでも、五十円の値打ちすらないものになる。

どんなふうに削ったのがいいだしになるかというと、削ったかつおぶしがまるで雁皮紙がんぴしのごとく薄く、ガラスのように光沢のあるものでなければならない。 こういうのでないと、よいだしが出ない。 削り下手なかつおぶしは、死んだだしが出る。 生きたいいだしを作るには、どうしても上等のよく切れる鉋を持たねばならない。 そしてだしをとる時は、グラグラッと湯のたぎるところへ、サッと入れた瞬間、充分にだしができている。 それをいつまでも入れておいて、クタクタ煮るのではろくなだしは出ず、かえって味をそこなうばかりである。 いわゆる二番だしというようなものにしてはいけない。

そこで、まず第一に、刃の切れる、台の平らな鉋をお持ちになることをお勧めしたい。 かつおぶしを非常に薄く削るということは経済的であり、能率的でもある。

なお、わたしの案ずるところでは、百の家庭のうち九十九までがいい鉋を持っていまい。 料理を講義する人でも、持っていないのだから、一般家庭によい鉋を持っている家は一応ないと考えて差しつかえない。

さて鉋はいつでも切れるようにしておかなければならない。 しかし、素人ではよく研げないから、大工とか仕事をするひとに研いでもらえばいい。 そのほか、とぎや専門という商売もあるのだから、いつも大工の鉋のようによく切れるようにしておかなければ、料理をしようとする時にまごつくのがオチだ。

日本にはかつおぶしがたくさんあるので、そう重きをおいていないが、外国にあったら大変なことだ。 外国人はかつおを知らないし、従ってかつおぶしを知らない。 牛乳とか、バターとか、チーズのようなもの一本で料理をしている。 しかし、これは不自由なことであって、かつおぶしのある日本人はまことに幸せである。 ゆえに、かつおぶしを使って美味料理の能率をあげることを心がけるのがよい。 味、栄養もいいし、よい材料を選べば、世界に類のないよいスープができる。

それなのに、かつおぶしに対する知識もなく、削り方も、削って使う方法も知らないのは、情けないことだ。 その上削る道具もない――これはものの間違いで、大いに反省してもらいたいことだ。 現在、鉋でかつおぶしを削っているのは料理屋のみであって、たいがいは道具もなくて我慢しているようである。 その料理屋さえ最近削りかつおぶしを使用している。 削り節にもいろいろあって、最上の削り節ならば、まずまずであるが、削り節は削り立てがいいので、時がたってはよろしくない。

鉋があっても、切れない場合が多いし、それを使用して削れないと思うくらいなら、日本料理をやめた方がいい。

料理にかぎらず、やるというのなら、どんなことでもやるのが当然で、やらなければ達成できない。 かといって、この場合、料理屋の真似まねをしてガラスで削るのは危険だし、たくさん削る場合は間に合わないから、無理をしてかつおぶしを削ることになる。 しかし、無理をすることは味が死ぬことになるのであるから、生きた味を出すためには、よく切れる鉋にかぎるのである。

序章-章なし
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だしの取り方 - 情報

だしの取り方

だしのとりかた

文字数 2,456文字

著者リスト:

底本 魯山人の美食手帖

親本 魯山人著作集

青空情報


底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1933(昭和8)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:だしの取り方

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