春と修羅 第二集
著者:宮沢賢治
はるとしゅら だいにしゅう - みやざわ けんじ
文字数:42,908 底本発行年:1986
序
この一巻は
わたくしが岩手県花巻の
農学校につとめて居りました四年のうちの
終りの二年の手記から集めたものでございます
この四ヶ年はわたくしにとって
じつに愉快な明るいものでありました
先輩たち無意識なサラリーマンスユニオンが
近代文明の勃興以来
或いは多少ペテンもあったではありませうが
とにかく巨きな効果を示し
絶えざる努力と結束で
獲得しましたその結果
わたくしは毎日わづか二時間乃至四時間のあかるい授業と
二時間ぐらゐの軽い実習をもって
わたくしにとっては相当の量の俸給を保証されて居りまして
近距離の汽車にも自由に乗れ
ゴム靴や荒い縞のシャツなども可成に自由に撰択し
すきな子供らにはごちそうもやれる
さういふ安固な待遇を得て居りました
しかしながらそのうちに
わたくしはだんだんそれになれて
みんながもってゐる着物の枚数や
毎食とれる蛋白質の量などを多少夥剰に計算したかの嫌ひがあります
そこでたゞいまこのぼろぼろに戻って見れば
いさゝか湯漬けのオペラ役者の気もしまするが
またなかなかになつかしいので
まづは友人藤原嘉藤治
菊池武雄などの勧めるまゝに
この一巻をもいちどみなさまのお目通りまで捧げます
たしかに捧げはしまするが
今度もたぶんこの出版のお方は
多分のご損をなさるだらうと思ひます
そこでまことにぶしつけながら
わたくしの敬愛するパトロン諸氏は
手紙や雑誌をお送りくだされたり
何かにいろいろお書きくださることは
気取ったやうではございますが
何とか願ひ下げいたしたいと存じます