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ジャン・クリストフ

原題:JEAN-CHRISTOPHE

著者:ロマン・ローラン

ジャン・クリストフ

文字数:13,316 底本発行年:1936
著者リスト:
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序章-章なし

前がき

『ジャン・クリストフ』の作者さくしゃロマン・ローランは、西暦せいれき千八百六十六ねんフランスにまれて、現在げんざいではスウィスの山間さんかんんでいます。 純粋じゅんすいのフランスじんすじをうけたひとで、するどい知力ちりょくをもっています。 世界中せかいじゅう人々ひとびとがみなおたがいあいしあい、そして力強ちからづよきてゆくこと、それがかれ理想りそうであり、そしてかれはいつも平和へいわ自由じゆう民衆みんしゅうとの味方みかたであります。

これまでのかれ仕事しごとは、いろいろな方面ほうめんにわたっています。 だい一に、五つの小説しょうせつがあり、そのなかで『ジャン・クリストフ』は、いちばんながいもので、そしていちばん有名ゆうめいです。 ここにかかげたのはそのうちの一せつです。 だい二に、十あまりの戯曲ぎきょくがあり、そのなかで、フランス革命かくめいについてのものと信仰しんこうについてのものとが、おもなものです。 だい三に、十ばかりの偉人いじん伝記でんきがあり、そのなかで、ベートーヴェンとミケランゼロとトルストイとの三つの伝記でんきは、もっとも有名ゆうめいです。 だい四に、音楽おんがく文学ぶんがく社会問題しゃかいもんだいやそのほかにいろいろなものについておおくの評論ひょうろんがあります。

かれはいま、スウィスの田舎いなかしずかな生活せいかつをしながら、仕事しごとをしつづけています。 そして人間にんげんはどういうふうきてゆくべきかということについて、かんがえつづけています。 (訳者)

クリストフがいる小さなまちを、ある晩、流星りゅうせいのように通りすぎていったえらい音楽家おんがくかは、クリストフの精神せいしんにきっぱりした影響えいきょうを与えた。 幼年時代ようねんじだいを通じて、その音楽家の面影おもかげは生きた手本てほんとなり、かれはそのうえをすえていた。 わずか六歳の少年しょうねんたる彼が、自分もまた楽曲を作ってみようと決心けっしんしたのは、この手本にもとづいてであった。 だがほんとうのことをいえば、かれはもうずいぶん前から、らずらずに作曲さっきょくしていた。 彼が作曲しはじめたのは、作曲していると自分じぶんで知るよりもまえのことだったのである。

音楽家おんがくかの心にとっては、すべてが音楽おんがくである。 ふるえ、ゆらぎ、はためくすべてのもの、りわたったなつの日、風の夜、ながれる光、星のきらめき、雨風あめかぜ小鳥ことりの歌、虫の羽音はおと樹々きぎのそよぎ、このましいこえやいとわしい声、ふだんきなれている、おと、戸の音、夜のしずけさのうちに動脈どうみゃくをふくらます血液けつえきの音、ありとあらゆるものが、みな音楽おんがくである。 ただそれを聞きさえすればいいのだ。 ありとあらゆるものがかなでるそういう音楽おんがくは、すべてクリストフのうちにりひびいていた。 かれたりかんじたりするあらゆるものは、みな音楽おんがくわっていた。 かれはちょうど、そうぞうしいはちのようだった。 しかしたれもそれに気づかなかった。 彼自身かれじしんづかなかった。

どの子供こどもでもするように、彼もたえず小声こごえうたっていた。 どんなときでも、どういうことをしてる時でも、たとえば片足かたあしでとびながら往来おうらいを歩きまわっている時でも――祖父そふの家のゆかにねころがり、両手りょうてで頭をかかえて書物しょもつ挿絵さしえに見入っている時でも――台所だいどころのいちばんうす暗い片隅かたすみで、自分の小さな椅子いすすわって、夜になりかかっているのに、なにを考えるともなくぼんやり夢想むそうしている時でも――彼はいつも、くちじ、ほほをふくらし、くちびるをふるわして、つぶやくような単調たんちょうおとをもらしていた。 幾時間いくじかんたっても彼はあきなかった。 はははそれを気にもとめなかったが、やがて、たまらなくなって、ふいにしかりつけるのだった。

そのなか夢心地ゆめごこち状態じょうたいにあきてくると、彼はうごきまわっておとをたてたくてたまらなくなった。 そういう時には、楽曲がっきょくつくり出して、それをあらんかぎりのこえで歌った。 自分の生活せいかつのいろんな場合ばあいにあてはまる音楽をそれぞれこしらえていた。 朝、家鴨あひるの子のようにたらいの中をかきまわす時の音楽おんがくもあったし、ピアノの前の腰掛こしかけに上って、いやな稽古けいこをする時の音楽も――またその腰掛こしかけから下る時の特別とくべつ音楽おんがくもあった。 (この時の音楽おんがくはひときわかがやかしいものだった。)それから、はは食卓しょくたくに食物を運ぶ時の音楽おんがくもあった――その時、彼は喇叭らっぱの音で彼女をせきたてるのだった。 ――食堂から寝室しんしつおごそかにやっていく時には、元気げんきのいい行進曲マーチそうした。 時によっては、二人ふたりおとうとといっしょに行列ぎょうれつをつくった。 三人は順々じゅんじゅんにならんで、ばってねりあるき、めいめい自分の行進曲マーチをもっていた。 もちろん、いちばん立派りっぱなのがクリストフのものだった。

序章-章なし
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ジャン・クリストフ - 情報

ジャン・クリストフ

ジャン・クリストフ

文字数 13,316文字

著者リスト:

底本 世界名作選(一)

親本 世界名作選(一)

青空情報


底本:「日本少国民文庫 世界名作選(一)」新潮社
   1998(平成10)年12月20日発行
底本の親本:「世界名作選(一)」日本少國民文庫、新潮社
   1936(昭和11)年2月8日
入力:川山隆
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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