散歩生活
著者:中原中也
さんぽせいかつ - なかはら ちゅうや
文字数:3,148 底本発行年:1967
「女房でも貰つて、はやくシヤツキリしろよ、シヤツキリ」と、従兄みたいな奴が従弟みたいな奴に、浅草のと或るカフエーで言つてゐた。
そいつらは私の
其処を出ると、月がよかつた。 電車や人や店屋の上を、雲に這入つたり出たりして、涼しさうに、お月様は流れてゐた。 そよ風が吹いて来ると、私は胸一杯呼吸するのであつた。 「なるほどなア、シヤツキリしろよ、シヤツキリ――かア」
私も女房に別れてより
それから銀座で、また少し飲んで、ドロンとした目付をして、夜店の前を歩いて行つた。 四角い建物の上を月は、やつぱり人間の仲間のやうに流れてゐた。
初夏なんだ。
みんな着物が軽くなつたので、心まで軽くなつてゐる。
テカ/\した靴屋の店や、ヤケに澄ました洋品店や、
「やア――」といつて私はお辞儀をした。
日本が好きで
「イカガーデス」にこ/\してゐる。
「たびたびどうも、複製をお送り下すつて
「
「アスタ・ニールズン!」
私一人の住居のある、西荻窪に来てみると、まるで店灯がトラホームのやうに見える。 水菓子屋が鼻風邪でも引いたやうに見える。 入口の暗いカフヱーの、中から唄が聞こえてゐる。 それからもう直ぐ畑道だ、蛙が鳴いてゐる。 ゴーツと鳴つて、電車がトラホームのやうに走つてゆく。 月は高く、やつぱり流れてゐる。
暗い玄関に這入ると、夕刊がパシヤリと落ちてゐる。 それを拾ひ上げると、その下から葉書が出て来た。
その後御無沙汰。 一昨日可なりひどい胃ケイレンをやつて以来、お酒は止めです。 試験の成績が分りました。 予想通り二科目落第。