• URLをコピーしました!

秋田街道

著者:宮沢賢治

あきたかいどう - みやざわ けんじ

文字数:1,521 底本発行年:1980
著者リスト:
著者:宮沢 賢治
0
0
0


序章-章なし

どれもみんな肥料や薪炭をやりとりするさびしい家だ。 街道のところどころにちらばって黒い小さいさびしい家だ。 それももうみな戸を閉めた。

おれはかなしく来た方をふりかへる。 盛岡(もりをか)の電燈は微(かす)かにゆらいでねむさうにならび只(ただ)公園のアーク燈だけ高い処(ところ)でそらぞらしい気焔(きえん)の波を上げてゐる。 どうせ今頃(いまごろ)は無鉄砲な羽虫が沢山集ってぶっつかったりよろけたりしてゐるのだ。

私はふと空いっぱいの灰色はがねに大きな床屋のだんだら棒、あのオランダ伝来の葱(ねぎ)の蕾(つぼみ)の形をした店飾りを見る。 これも随分たよりないことだ。

道が小さな橋にかゝる。 螢(ほたる)がプイと飛んで行く。 誰(たれ)かがうしろで手をあげて大きくためいきをついた。 それも間違ひかわからない。 とにかくそらが少し明るくなった。 夜明けにはまだ途方もないしきっと雲が薄くなって月の光が透(とほ)って来るのだ。

向ふの方は小岩井農場だ。

四っ角山にみんなぺたぺた一緒に座る。

月見草が幻よりは少し明るくその辺一面浮んで咲いてゐる。 マッチがパッとすられ莨(たばこ)の青いけむりがほのかにながれる。

右手に山がまっくろにうかび出した。 その山に何の鳥だか沢山とまって睡(ねむ)ってゐるらしい。

並木は松になりみんなは何かを云(い)ひ争ふ。 そんならお前さんはこゝらでいきなり頭を撲(なぐ)りつけられて殺されてもいゝな。 誰かが云ふ。 それはいゝ。 いゝと思ふ。 睡さうに誰かが答へる。

道が悪いので野原を歩く。 野原の中の黒い水潦(みづたまり)に何べんもみんな踏み込んだ。 けれどもやがて月が頭の上に出て月見草の花がほのかな夢をたゞよはしフィーマスの土の水たまりにも象牙(ざうげ)細工の紫がかった月がうつりどこかで小さな羽虫がふるふ。

けれども今は崇高な月光のなかに何かよそよそしいものが漂ひはじめた。 その成分こそはたしかによあけの白光らしい。

東がまばゆく白くなった。 月は少しく興さめて緑の松の梢(こずゑ)に高くかかる。

みんなは七つ森の機嫌(きげん)の悪い暁の脚まで来た。 道が俄(には)かに青々と曲る。 その曲り角におれはまた空にうかぶ巨(おほ)きな草穂(くさぼ)を見るのだ。 カアキイ色の一人の兵隊がいきなり向ふにあらはれて青い茂みの中にこゞむ。 さうだ。 あそこに湧水(わきみづ)があるのだ。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

秋田街道 - 情報

秋田街道

あきたかいどう

文字数 1,521文字

著者リスト:
著者:宮沢 賢治

底本 新修宮沢賢治全集 第十四巻

青空情報


底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年5月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年1月20日初版第4刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:林 幸雄
校正:mayu
2003年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:秋田街道

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!