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蛙のゴム靴

著者:宮沢賢治

かえるのゴムぐつ - みやざわ けんじ

文字数:7,274 底本発行年:1979
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

松の木やならの木の林の下を、深いせきが流れてりました。 岸にはいばらやつゆ草やたでが一杯にしげり、そのつゆくさの十本ばかり集った下のあたりに、カンがへるのうちがありました。

それから、林の中の楢の木の下に、ブン蛙のうちがありました。

林の向ふのすゝきのかげには、ベン蛙のうちがありました。

びきは年も同じなら大きさも大てい同じ、どれも負けず劣らず生意気で、いたづらものでした。

ある夏の暮れ方、カン蛙ブン蛙ベン蛙の三疋は、カン蛙の家の前のつめくさの広場に座って、雲見といふことをやって居りました。 一体蛙どもは、みんな、夏の雲の峯を見ることが大すきです。 じっさいあのまっしろなプクプクした、玉髄ぎょくずゐのやうな、玉あられのやうな、又蛋白石たんぱくせきを刻んでこさへた葡萄ぶだうの置物のやうな雲の峯は、たれの目にも立派に見えますが、蛙どもには殊にそれが見事なのです。 ながめても眺めてもきないのです。 そのわけは、雲のみねといふものは、どこか蛙の頭の形にてゐますし、それから春の蛙の卵に似てゐます。 それで日本人ならば、丁度花見とか月見とかいふところを、蛙どもは雲見をやります。

「どうも実に立派だね。 だんだんペネタ形になるね。」

「うん。 うすい金色だね。 永遠の生命を思はせるね。」

「実に僕たちの理想だね。」

雲のみねはだんだんペネタ形になって参りました。 ペネタ形といふのは、蛙どもでは大へん高尚かうしゃうなものになってゐます。 平たいことなのです。 雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほどうすくらくなりました。

「このごろ、ヘロンの方ではゴムぐつがはやるね。」 ヘロンといふのは蛙語です。 人間といふことです。

「うん。 よくみんなはいてるやうだね。」

「僕たちもほしいもんだな。」

「全くほしいよ。 あいつをはいてならくりのいがでも何でもこはくないぜ。」

「ほしいもんだなあ。」

「手に入れる工夫はないだらうか。」

「ないわけでもないだらう。 たゞ僕たちのはヘロンのとは大きさも型も大分ちがふからこしらへ直さないと駄目だめだな。」

「うん。 それはさうさ。」

さて雲のみねは全くくづれ、あたりはあゐ色になりました。 そこでベン蛙とブン蛙とは、

「さよならね。」 ってカン蛙とわかれ、林の下の堰を勇ましく泳いで自分のうちに帰って行きました。

序章-章なし
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蛙のゴム靴 - 情報

蛙のゴム靴

かえるのゴムぐつ

文字数 7,274文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新修宮沢賢治全集 第十一巻

青空情報


底本:「新修宮沢賢治全集 第十一巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年11月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年12月20日初版第5刷発行
※底本は旧仮名ですが、拗促音は小書きされています。これにならい、ルビの拗促音も、小書きにしました。
入力:林 幸雄
校正:土屋隆
2008年2月27日作成
2008年11月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:蛙のゴム靴

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