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狼森と笊森、盗森

著者:宮沢賢治

おいのもりとざるもり、ぬすともり - みやざわ けんじ

文字数:5,508 底本発行年:1990
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。 いちばん南が狼森オイノもりで、その次が笊森ざるもり、次は黒坂森、北のはずれは盗森ぬすともりです。

この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体きたいな名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかのおおきないわが、ある日、威張いばってこのおはなしをわたくしに聞かせました。

ずうっとむかし、岩手山が、何べんも噴火ふんかしました。 その灰でそこらはすっかりうずまりました。 このまっ黒な巨きな巌も、やっぱり山からはね飛ばされて、今のところに落ちて来たのだそうです。

噴火がやっとしずまると、野原やおかには、のある草や穂のない草が、南の方からだんだん生えて、とうとうそこらいっぱいになり、それからかしわまつも生え出し、しまいに、いまのつの森ができました。 けれども森にはまだ名前もなく、めいめい勝手に、おれはおれだと思っているだけでした。 するとある年の秋、水のようにつめたいすきとおる風が、柏のれ葉をさらさら鳴らし、岩手山の銀のかんむりには、雲のかげがくっきり黒くうつっている日でした。

四人の、けらを着た百姓ひゃくしょうたちが、山刀なた三本鍬さんぼんぐわ唐鍬とうぐわや、すべて山と野原の武器をかたくからだにしばりつけて、東のかどばった燧石ひうちいしの山をえて、のっしのっしと、この森にかこまれた小さな野原にやって来ました。 よくみるとみんな大きな刀もさしていたのです。

先頭の百姓が、そこらの幻燈げんとうのようなけしきを、みんなにあちこち指さして

「どうだ。 いいとこだろう。 畑はすぐ起せるし、森は近いし、きれいな水もながれている。 それに日あたりもいい。 どうだ、おれはもう早くから、ここと決めて置いたんだ。」 いますと、一人の百姓は、

「しかし地味ちみはどうかな。」 と言いながら、かがんで一本のすすきを引きいて、その根から土をてのひらにふるい落して、しばらく指でこねたり、ちょっとめてみたりしてから云いました。

「うん。 地味じみもひどくよくはないが、またひどく悪くもないな。」

「さあ、それではいよいよここときめるか。」

も一人が、なつかしそうにあたりを見まわしながら云いました。

「よし、そう決めよう。」 いままでだまって立っていた、四人目の百姓が云いました。

四人はそこでよろこんで、せなかの荷物をどしんとおろして、それから来た方へ向いて、高くさけびました。

「おおい、おおい。 ここだぞ。 早くお。 早く来お。」

すると向うのすすきの中から、荷物をたくさんしょって、顔をまっかにしておかみさんたちが三人出て来ました。 見ると、五つつより下の子供が人、わいわい云いながら走ってついて来るのでした。

そこで四人よったりの男たちは、てんでにすきな方へ向いて、声をそろえて叫びました。

「ここへ畑起してもいいかあ。」

「いいぞお。」 森が一斉いっせいにこたえました。

みんなはまた叫びました。

「ここに家建ててもいいかあ。」

序章-章なし
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狼森と笊森、盗森 - 情報

狼森と笊森、盗森

おいのもりとざるもり、ぬすともり

文字数 5,508文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 注文の多い料理店

青空情報


底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:狼森と笊森、盗森

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