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どんぐりと山猫

著者:宮沢賢治

どんぐりとやまねこ - みやざわ けんじ

文字数:6,271 底本発行年:1990
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

かねた一郎さま 九月十九日

あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。

あした、めんどなさいばんしますから、おいで

んなさい。 とびどぐもたないでくなさい。

山ねこ 拝

こんなのです。 字はまるでへたで、すみもがさがさして指につくくらいでした。 けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。 はがきをそっと学校のかばんにしまって、うちじゅうとんだりはねたりしました。

どこにもぐってからも、山猫のにゃあとした顔や、そのめんどうだという裁判のけしきなどを考えて、おそくまでねむりませんでした。

けれども、一郎がをさましたときは、もうすっかり明るくなっていました。 おもてにでてみると、まわりの山は、みんなたったいまできたばかりのようにうるうるもりあがって、まっ青なそらのしたにならんでいました。 一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿ったこみちを、かみの方へのぼって行きました。

すきとおった風がざあっとくと、くりの木はばらばらと実をおとしました。 一郎は栗の木をみあげて、

「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」 とききました。 栗の木はちょっとしずかになって、

「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」 と答えました。

「東ならぼくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。 栗の木ありがとう。」

栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。

一郎がすこし行きますと、そこはもうふえふきのたきでした。 笛ふきの滝というのは、まっ白な岩のがけのなかほどに、小さな穴があいていて、そこから水が笛のように鳴って飛び出し、すぐ滝になって、ごうごう谷におちているのをいうのでした。

一郎は滝に向いてさけびました。

「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかったかい。」

滝がぴーぴー答えました。

「やまねこは、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」

「おかしいな、西ならぼくのうちの方だ。 けれども、まあも少し行ってみよう。 ふえふき、ありがとう。」

滝はまたもとのように笛を吹きつづけました。

一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どってこどってこどってこと、変な楽隊をやっていました。

一郎はからだをかがめて、

「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」

とききました。

序章-章なし
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どんぐりと山猫 - 情報

どんぐりと山猫

どんぐりとやまねこ

文字数 6,271文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 注文の多い料理店

青空情報


底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:どんぐりと山猫

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