ジャックと豆の木
原題:JACK AND THE BEANSTALK
著者:楠山正雄
ジャックとまめのき - くすやま まさお
文字数:8,254 底本発行年:1950
一
むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大王の御代のことでございます。 ロンドンの都からとおくはなれたいなかのこやに、やもめの女のひとが、ちいさいむすこのジャックをあいてに、さびしくくらしていました。 かけがえのないひとりむすこですし、それに、ずいぶんのんきで、ずぼらで、なまけものでしたが、ほんとうは気だてのやさしい子でしたから、母親は、あけてもくれても、ジャック、ジャックといって、それこそ目の中にでも入れてしまいたいくらいにかわいがって、なんにもしごとはさせず、ただ遊ばせておきました。
こんなふうで、のらくらむすこをかかえた上に、このやもめの人は、どういうものか運がわるくて、年年ものが
そこで、ある日、母親は、ジャックをよんで、
「ほんとうに、おかあさんは、自分のからだを半分もって行かれるほどつらいけれど、いよいよ、あの牝牛を、手ばなさなければならないことになったのだよ。
おまえ、ごくろうだけれど、
そこで、ジャックは、牛をひっぱって出かけました。
しばらくあるいて行くと、むこうから、肉屋の親方がやって来ました。
「これこれ坊や、牝牛なんかひっぱって、どこへ行くのだい。」 と、親方は声をかけました。
「売りに行くんだよ。」 と、ジャックはこたえました。
「ふうん。」 と、親方はいいながら、片手にもった帽子をふってみせました。 がさがさ音がするので、気がついて、ジャックが、帽子のなかを、ふとのぞいてみますと、きみょうな形をした豆が、袋の中から、ちらちらみえました。
「やあ、きれいな豆だなあ。」
そうジャックはおもって、なんだか、むやみとそれがほしくなりました。
そのようすを、相手の男は、すぐと見つけてしまいました。
そして、このすこしたりないこどもを、うまくひっかけてやろうとおもって、わざと袋の
「
ジャックは、そういわれて、大にこにこになると、親方はもったいらしく首をふって、「いけない、いけない、こりゃあふしぎな、魔法の豆さ。 どうして、ただではあげられない。 どうだ、その牝牛と、とりかえっこしようかね。」 といいました。
ジャックは、その男のいうなりに、牝牛と豆の袋ととりかえっこしました。 そして、おたがい、これはとんだもうけものをしたとおもって、ほくほくしながら、わかれました。
ジャックは、豆の袋をかかえて、うちまでとんでかえりました。 うちへはいるか、はいらないに、ジャックは、
「おかあさん、きょうはほんとに、うまく行ったよ。」 と、いきなりそういって、だいとくいで、牛と豆のとりかえっこした話をしました。 ところが、母親は、それをきいてよろこぶどころか、あべこべにひどくしかりました。
「まあ、なんというばかなことをしてくれたのだね。 ほんとにあきれてしまう。 こんなつまらない、えんどう豆の袋なんかにつられて、だいじな牝牛一ぴき、もとも子もなくしてしまうなんて、神さま、まあ、このばかな子をどうしましょう。」
母親はぷんぷんおこって、いまいましそうに、窓のそとへ、袋の中の豆をのこらず、なげすててしまいました。