アグニの神
著者:芥川龍之介
アグニのかみ - あくたがわ りゅうのすけ
文字数:7,921 底本発行年:1968
一
「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」
亜米利加人はそう言いながら、新しい
「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」
婆さんは
「この頃は折角見て上げても、御礼さえ
「そりゃ
亜米利加人は惜しげもなく、三百
「差当りこれだけ取って置くさ。 もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」
婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に
「こんなに沢山頂いては、
「
亜米利加人は煙草を
「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。
それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は
「じゃ
「そうか。 じゃ間違いのないように、――」
印度人の婆さんは、得意そうに胸を
「私の占いは五十年来、一度も
亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次の
「
その声に応じて出て来たのは、美しい支那人の女の子です。
が、何か苦労でもあるのか、この女の子の
「何を
恵蓮はいくら
「よくお聞きよ。 今夜は久しぶりにアグニの神へ、御伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」
女の子はまっ黒な婆さんの顔へ、悲しそうな眼を
「今夜ですか?」
「今夜の十二時。