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家なき子 01 (上)

原題:SANS FAMILLE

著者:マロ Malot

いえなきこ

文字数:138,910 底本発行年:1978
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序章-章なし

生い立ち

わたしはだった。

でも八つの年まではほかの子どもと同じように、母親があると思っていた。 それは、わたしがけばきっと一人の女が来て、やさしくだきしめてくれたからだ。

その女がねかしつけに来てくれるまで、わたしはけっしてねどこにははいらなかった。 冬のあらしがだんごのような雪をふきつけてまどガラスを白くするじぶんになると、この女の人は両手の間にわたしの足をおさえて、歌を歌いながらあたためてくれた。 その歌のふし文句もんくも、いまにわすれずにいる。

わたしが外へ出て雌牛めうしの世話をしているうち、急に夕立がやって来ると、この女はわたしをさがしに来て、あさの前かけで頭からすっぽりくるんでくれた。

ときどきわたしはあそ仲間なかまとけんかをする。 そういうとき、この女の人はじゅうぶんわたしの言い分を聞いてくれて、たいていの場合、やさしいことばでなぐさめてくれるか、わたしのかたをもってくれた。

それやこれやで、わたしに物を言う調子、わたしを見る目つき、あまやかしてくれて、しかるにしてもやさしくしかる様子から見て、この女の人はほんとうの母親にちがいないと思っていた。

ところでそれがひょんな事情じじょうから、この女の人が、じつはやしなおやでしかなかったということがわかったのだ。

わたしの村、もっと正しく言えばわたしの育てられた村は――というのが、わたしには父親や母親という者がないと同様に、自分の生まれた村というものがなかったのだから――で、とにかくわたしが子どもの時代をごした村は、シャヴァノンという村で、それはフランスの中部地方でもいちばんびんぼうな村の一つであった。

なにしろ土地がいたってやせていて、どうにもしようのない場所であった。 どこを歩いてみても、すきくわのはいった田畑というものは少なくて、見わたすかぎりヒースやえにしだのほか、ろくにしげるもののない草原で、そのあれ地を行きつくすと、がさがさした砂地すなじの高原で、風にふきたわめられたやせ木立ちが、所どころひょろひょろと、いじけてよじくれたえだをのばしているありさまだった。

そんなわけで、木らしい木を見ようとすると、おか見捨みすてて谷間へと下りて行かねばならぬ。 その谷川にのぞんだ川べりにはちょっとした牧草ぼくそうもあり、空をつくようなかしの木や、ごつごつしたくりの木がしげっていた。

その谷川の早いすえがロアール川の支流しりゅうの一つへ流れこんで行く、その岸の小さな家で、わたしは子どもの時代を送った。

八つの年まで、わたしはこの家で男の姿すがたというものを見なかった。 そのくせ、『おっかあ』とんでいた人はやもめではなかった。 おっとというのは石工いしくであったが、このへんのたいていの労働者ろうどうしゃと同様パリへ仕事に行っていて、わたしが物心ものごころついてこのかた、つい一度も帰って来たことはなかった。 ただおりふしこの村へ帰って来る仲間なかまの者に、便たよりをことづけては来た。

「バルブレンのおっかあ、こっちのもたっしゃだよ。 相変あいかわらずかせいでいる、よろしく言ってくれと言って、このお金をあずけてよこした。 数えてみてください」

これだけのことであった。 おっかあも、それだけの便たよりで満足まんぞくしていた。 亭主ていしゅがたっしゃでいる、仕事もある、お金がもうかる――と、それだけ聞いて、満足まんぞくしていた。

このご亭主ていしゅのバルブレンがいつまでもパリへ行っているというので、おかみさんとなかが悪いのだと思ってはならない。 こうやって留守るすにしているのは、なにも気まずいことがあるためではない。 パリに滞在たいざいしているのは仕事に引きめられているためで、やがて年を取ればまた村へ帰って来て、たんまりかせいで来たお金で、おかみさんと気楽にくらすつもりであった。

十一月のある日のこと、もう日のくれに、見知らない一人の男がかきねの前に立ち止まった。 そのときわたしは、門口かどぐちでそだをっていた。 中にはいろうともしないで、かきねの上からぬっと頭を出してのぞきながら、その男はわたしに、「バルブレンのおっかあのうちはここかね」とたずねた。

わたしは、「おはいんなさい」と言った。

男はかどの戸をきいきい言わせながらはいって来て、のっそり、うちの前につっ立った。

こんなよごれくさった男を見たことがなかった。 なにしろ、頭のてっぺんから足のつま先まで板をったようにどろをかぶっていた。 それも半分まだかわききらずにいた。

序章-章なし
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家なき子 - 情報

家なき子 01 (上)

いえなきこ 01 (じょう)

文字数 138,910文字

著者リスト:

底本 家なき子(上)

青空情報


底本:「家なき子(上)」春陽堂少年少女文庫、春陽堂
   1978(昭和53)年1月30日発行
※底本中、難解な語句の説明に使われた括弧内の文章は、割り注になっています。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:家なき子

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