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歯車

著者:芥川竜之介

はぐるま - あくたがわ りゅうのすけ

文字数:25,029 底本発行年:1968
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著者芥川 竜之介
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序章-章なし

一 レエン・コオト

僕は或知り人の結婚披露式につらなるためかばんを一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。 自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。 上り列車に間に合うかどうかは可也かなり怪しいのに違いなかった。 自動車には丁度僕の外に或理髪店の主人も乗り合せていた。 彼はなつめのようにまるまると肥った、短い顋髯あごひげの持ち主だった。 僕は時間を気にしながら、時々彼と話をした。

「妙なこともありますね。 ××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るって云うんですが」

「昼間でもね」

僕は冬の西日の当った向うの松山を眺めながら、善い加減に調子を合せていた。

もっとも天気の善い日には出ないそうです。 一番多いのは雨のふる日だって云うんですが」

「雨の降る日に濡れに来るんじゃないか?」

「御常談で。 ……しかしレエン・コオトを着た幽霊だって云うんです」

自動車はラッパを鳴らしながら、或停車場へ横着けになった。 僕は或理髪店の主人に別れ、停車場の中へはいって行った。 すると果して上り列車は二三分前に出たばかりだった。 待合室のベンチにはレエン・コオトを着た男が一人ぼんやり外を眺めていた。 僕は今聞いたばかりの幽霊の話を思い出した。 が、ちょっと苦笑したぎり、とにかく次の列車を待つ為に停車場前のカッフェへはいることにした。

それはカッフェと云う名を与えるのも考えものに近いカッフェだった。 僕は隅のテエブルに坐り、ココアを一杯註文ちゅうもんした。 テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子こうしに引いたものだった。 しかしもう隅々には薄汚いカンヴァスをあらわしていた。 僕はにかわ臭いココアを飲みながら、人げのないカッフェの中を見まわした。 ほこりじみたカッフェの壁には「親子丼おやこどんぶり」だの「カツレツ」だのと云う紙札が何枚もってあった。

地玉子オムレツ

僕はこう云う紙札に東海道線に近い田舎を感じた。 それは麦畑やキャベツ畑の間に電気機関車の通る田舎だった。 ……

次の上り列車に乗ったのはもう日暮に近い頃だった。 僕はいつも二等に乗っていた。 が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。

汽車の中は可也こみ合っていた。 しかも僕の前後にいるのは大磯おおいそかどこかへ遠足に行ったらしい小学校の女生徒ばかりだった。 僕は巻煙草に火をつけながら、こう云う女生徒の群れを眺めていた。 彼等はいずれも快活だった。

序章-章なし
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歯車 - 情報

歯車

はぐるま

文字数 25,029文字

著者リスト:

底本 河童・或阿呆の一生

青空情報


底本:「河童・或る阿呆の一生」新潮文庫、新潮社
   1968(昭和43)年12月15日発行
   1987(昭和62)年11月5日41刷
入力:蒋龍
校正:田中敬三
2009年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:歯車

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