世界怪談名作集 03 スペードの女王
著者:プーシキン Alexander S Pushkin
せかいかいだんめいさくしゅう
文字数:27,350 底本発行年:1987
一
近衛騎兵のナルモヴの部屋で
「で、君はどうだったのだい、スーリン」と、主人公のナルモヴが
「やあ、相変わらず取られたのさ。
僕はどうも運が悪いと
「だって君は、一度も赤札に賭けようとしなかったじゃないか。 僕は君の強情にはおどろいてしまったよ」
「しかし君はヘルマンをどう思う」と、客の一人が若い工兵士官を指さしながら言った。 「この先生は生まれてから、かつて一枚の骨牌札も手にしたこともなければ、一度も賭けをしたこともないのに、朝の五時までこうしてここに腰をかけて、われわれの勝負を眺めているのだからな」
「人の勝負を見ているのが僕には大いに愉快なのだ」と、ヘルマンは言った。 「だが、僕は自分の生活に不必要な金を犠牲にすることが出来るような身分ではないからな」
「ヘルマンはドイツ人である。 それだから彼は経済家である。 ……それでちゃんと分かっているじゃあないか」と、トムスキイが批評をくだした。 「しかし、ここに僕の不可解な人物が一人ある。 僕の祖母アンナ・フェドトヴナ伯爵夫人だがね」
「どうしてだ」と、他の客たちがたずねた。
「どうして僕の祖母がプント(賭け骨牌の一種)をしないかが僕には分からないのだ」と、トムスキイは言いつづけた。
「どうしてといって……。 八十にもなったお婆さんがプントをしないのを、何も不思議がることはないじゃないか」と、ナルモヴが言った。
「君はなぜ不可解だか、その理由を知るまい」
「むろん、知らないね」
「よし。 では聴きたまえ。 今から五十年ほど前に、僕の祖母はパリへ行ったことがあるのだ。 ところが、祖母は非常に評判となって、パリの人間はあの『ムスコビートのヴィーナス』のような祖母の流し眼の光栄に浴しようというので、争って、そのあとをつけ廻したそうだ。 祖母の話によると、なんでもリチェリューとかいう男が祖母を口説きにかかったが、祖母に手きびしく撥ねつけられたので、彼はそれを悲観して、ピストルで頭を撃ち抜いて自殺してしまったそうだ。
そのころの貴婦人間にはファロー(賭け骨牌)をして遊ぶのが
さて、そのあくる日になって、祖母はゆうべの夫への懲らしめがうまく