序章-章なし
十三日。
なし。
十四日。
なし。
十五日。
かくまで深き、
十六日。
なし。
十七日。
なし。
十八日。
ものかいて扇ひき裂くなごり哉
ふたみにわかれ
十九日。
十月十三日より、板橋区のとある病院にいる。
来て、三日間、歯ぎしりして泣いてばかりいた。
銅貨のふくしゅうだ。
ここは、気ちがい病院なのだ。
となりの部屋の若旦那は、ふすまをあけたら、浴衣がかかっていて、どうも工合いがわるかった、など言って、みんな私よりからだが丈夫で、大河内昇とか、星武太郎などの重すぎる名を有し、帝大、立大を卒業して、しかも帝王の如く尊厳の風貌をしている。
惜しいことには、諸氏ひとしく自らの身の丈よりも五寸ほどずつ恐縮していた。
母を殴った人たちである。
四日目、私は遊説に出た。
鉄格子と、金網と、それから、重い扉、開閉のたびごとに、がちん、がちん、と鍵の音。
寝ずの番の看守、うろ、うろ。
この人間倉庫の中の、二十余名の患者すべてに、私のからだを投げ捨てて、話かけた。
まるまると白く太った美男の、肩を力一杯ゆすってやって、なまけもの! と罵った。
眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、一瞬ぱっと愁眉をひらいた。
うしろ姿のおせん様というあだ名の、セル着たる二十五歳の一青年、日がな一日、部屋の隅、壁にむかってしょんぼり横坐りに居崩れて坐って、だしぬけに私に頭を殴られても、僕はたった二十五歳だ、捨てろ、捨てろ、と低く呟きつづけるばかりで私の顔を見ようとさえせぬ故、こんどは私、めそめそするな、と叱って、力いっぱいうしろから抱いてやって激しくせきにむせかえったら、青年いささか得意げに、放せ、放せ、肺病がうつると軽蔑して、私は有難くて泣いてしまった。
元気を出せ。
みんな、青草原をほしがっていた。
私は、部屋へかえって、「花をかえせ。」
という帝王の呟きに似た調子の張った詩を書いて、廻診しに来た若い一医師にお見せして、しんみに話合った。
午睡という題の、「人間は人間のとおりに生きて行くものだ。」
という詩を書いてみせて、ふたりとも、顔を赤くして笑った。
五六百万人のひとたちが、五六百万回、六七十年つづけて囁き合っている言葉、「気の持ち様。」
というこのなぐさめを信じよう。
僕は、きょうから涙、一滴、見せないつもりだ。
ここに七夜あそんだならば、少しは人が変ります。