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火の鳥

著者:太宰治

ひのとり - だざい おさむ

文字数:37,537 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集2
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序章-章なし

序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を記す。

昔の話である。 須々木乙彦おとひこは古着屋へはいって、君のところに黒の無地の羽織はおりはないか、と言った。

「セルなら、ございます。」 昭和五年の十月二十日、東京の街路樹の葉は、風に散りかけていた。

「まだセルでも、おかしくないか。」

「もっともっとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、おかしいことはございませぬ。」

「よし。 見せてれ。」

「あなたさまがおしになるので?」角帽をあみだにかぶり、袖口がぼろぼろの学生服を着ていた。

「そうだ。」 差し出されたセルの羽織はおりをその学生服の上にさっと羽織って、「短かくないか。」 五尺七寸ほどの、せてひょろ長い大学生であった。

「セルのお羽織なら、かえって少し短かめのほうが。」

いきか。 いくらだ。」

羽織を買った。 これで全部、身仕度は出来た。 数時間のち、須々木乙彦は、内幸町、帝国ホテルのまえに立っていた。 鼠いろのこまかい縞目しまめあわせに、黒無地のセルの羽織を着て立っていた。 ドアを押して中へはいり、

「部屋を貸して呉れないか。」

「は、お泊りで?」

「そうだ。」

浴室附のシングルベッドの部屋を二晩借りることにきめた。 持ちものは、とうのステッキ一本である。 部屋へ通された。 はいるとすぐ、窓をあけた。 裏庭である。 火葬場の煙突のような大きい煙突が立っていた。 曇天である。 省線のガードが見える。

給仕人に背を向けて窓のそとを眺めたまま、

「コーヒーと、それから、――」言いかけて、しばらくだまっていた。 くるっと給仕人のほうへ向き直り、「まあ、いい。 外へ出て、たべる。」

「あ、君。」 乙彦は、呼びとめて、「二晩、お世話になる。」 十円紙幣を一枚とり出して、握らせた。

序章-章なし
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火の鳥 - 情報

火の鳥

ひのとり

文字数 37,537文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集2

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:高橋美奈子
2000年1月26日公開
2004年3月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:火の鳥

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