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著者:太宰治

はじ - だざい おさむ

文字数:7,558 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集4
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序章-章なし

菊子さん。 はじをかいちゃったわよ。 ひどい恥をかきました。 顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。 草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。 サムエル後書にありました。 「タマル、灰をこうべかむり、着たる振袖ふりそでを裂き、手をこうべにのせて、よばわりつつさりゆけり」可愛そうな妹タマル。 わかい女は、恥ずかしくてどうにもならなくなった時には、本当に頭から灰でもかぶって泣いてみたい気持になるわねえ。 タマルの気持がわかります。

菊子さん。 やっぱり、あなたのおっしゃったとおりだったわ。 小説家なんて、人のくずよ。 いいえ、鬼です。 ひどいんです。 私は、大恥かいちゃった。 菊子さん。 私は今まであなたに秘密にしていたけれど、小説家の戸田さんに、こっそり手紙を出していたのよ。 そうしてとうとう一度お目にかかって大恥かいてしまいました。 つまらない。

はじめから、ぜんぶお話申しましょう。 九月のはじめ、私は戸田さんへ、こんな手紙を差し上げました。 たいへん気取って書いたのです。

「ごめん下さい。 非常識と知りつつ、お手紙をしたためます。 おそらく貴下の小説には、女の読者がひとりも無かった事と存じます。 女は、広告のさかんな本ばかりを読むのです。 女には、自分の好みがありません。 人が読むから、私も読もうという虚栄みたいなもので読んでいるのです。 物知り振っている人を、矢鱈やたらに尊敬いたします。 つまらぬ理窟りくつを買いかぶります。 貴下は、失礼ながら、理窟をちっとも知らない。 学問も無いようです。 貴下の小説を私は、去年の夏から読みはじめて、ほとんど全部を読んでしまったつもりでございます。 それで、貴下にお逢いするまでもなく、貴下の身辺の事情、容貌、風采ふうさい、ことごとくを存じて居ります。 貴下に女の読者がひとりも無いのは、確定的の事だと思いました。 貴下は御自分の貧寒の事や、吝嗇りんしょくの事や、さもしい夫婦喧嘩げんか、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、たこの脚なんかをかじって焼酎しょうちゅうを飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ、その他たくさん不名誉な、きたならしい事ばかり、少しも飾らずに告白なさいます。 あれでは、いけません。 女は、本能として、清潔を尊びます。 貴下の小説を読んで、ちょっと貴下をお気の毒とは思っても、頭のてっぺんが禿げて来たとか、歯がぼろぼろに欠けて来たとか書いてあるのを読みますと、やっぱり、余りひどくて、苦笑してしまいます。

序章-章なし
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恥 - 情報

はじ

文字数 7,558文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集4

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年12月1日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年3月27日公開
2005年10月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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