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ビジテリアン大祭

著者:宮沢賢治

ビジテリアンたいさい - みやざわ けんじ

文字数:31,968 底本発行年:1989
著者リスト:
著者:宮沢 賢治
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序章-章なし

私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました。

全体、私たちビジテリアンというのは、ご存知の方も多いでしょうが、実は動物質のものを食べないという考(かんがえ)のものの団結でありまして、日本では菜食主義者と訳しますが主義者というよりは、も少し意味の強いことが多いのであります。 菜食信者と訳したら、或(あるい)は少し強すぎるかも知れませんが、主義者というよりは、よく実際に適(かな)っていると思います。 もっともその中にもいろいろ派がありますが、まあその精神について大きくわけますと、同情派と予防派との二つになります。

この名前は横からひやかしにつけたのですが、大へんうまく要領を云(い)いあらわしていますから、かまわず私どもも使うのです。

同情派と云いますのは、私たちもその方でありますが、恰度(ちょうど)仏教の中でのように、あらゆる動物はみな生命を惜(おし)むこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために、ほかの動物の命を奪(うば)って食べるそれも一日に一つどころではなく百や千のこともある、これを何とも思わないでいるのは全く我々の考が足らないので、よくよく喰(た)べられる方になって考えて見ると、とてもかあいそうでそんなことはできないとこう云う思想なのであります。 ところが予防派の方は少しちがうのでありまして、これは実は病気予防のために、なるべく動物質をたべないというのであります。 則(すなわ)ち肉類や乳汁を、あんまりたくさんたべると、リウマチスや痛風や、悪性の腫脹(しゅちょう)や、いろいろいけない結果が起るから、その病気のいやなもの、又(また)その病気の傾向(けいこう)のあるものは、この団結の中に入るのであります。 それですからこの派の人たちはバターやチーズも豆(まめ)からこしらえたり、又菜食病院というものを建てたり、いろいろなことをしています。

以上は、まあ、ビジテリアンをその精神から大きく二つにわけたのでありますが、又一方これをその実行の方法から分類しますと、三つになります。 第一に、動物質のものは全く喰べてはいけないと、則ち獣(けもの)や魚やすべて肉類はもちろん、ミルクや、またそれからこしらえたチーズやバター、お菓子(かし)の中でも鶏卵(けいらん)の入ったカステーラなど、一切いけないという考の人たち、日本ならばまあ、一寸(ちょっと)鰹(かつお)のだしの入ったものもいけないという考のであります。 この方法は同情派にも予防派にもありますけれども大部分は予防派の人たちがやります。 第二のは、チーズやバターやミルク、それから卵などならば、まあものの命をとるというわけではないから、さし支(つか)えない、また大してからだに毒になるまいというので、割合穏健(おんけん)な考であります。 第三は私たちもこの中でありますが、いくら物の命をとらない、自分ばかりさっぱりしていると云ったところで、実際にほかの動物が辛(つら)くては、何にもならない、結局はほかの動物がかあいそうだからたべないのだ、小さな小さなことまで、一一吟味(ぎんみ)して大へんな手数をしたり、ほかの人にまで迷惑(めいわく)をかけたり、そんなにまでしなくてもいい、もしたくさんのいのちの為(ため)に、どうしても一つのいのちが入用なときは、仕方ないから泣きながらでも食べていい、そのかわりもしその一人が自分になった場合でも敢(あえ)て避(さ)けないとこう云うのです。 けれどもそんな非常の場合は、実に実に少いから、ふだんはもちろん、なるべく植物をとり、動物を殺さないようにしなければならない、くれぐれも自分一人気持ちをさっぱりすることにばかりかかわって、大切の精神を忘れてはいけないと斯(こ)う云うのであります。

そこで、大体ビジテリアンというものの性質はおわかりでしょうから、これから昨年のその大祭のときのもようをお話いたします。

私がニュウファウンドランドの、トリニテイの港に着きましたのは、恰度(ちょうど)大祭の前々日でありました。 事によると、間に合わないと思ったのが、うまい工合(ぐあい)に参りましたので、大へんよろこびました。 トルコからの六人の人たちと、船の中で知り合いになりました。 その団長は、地学博士でした。 大祭に参加後、すぐ六人ともカナダの北境を探険するという話でした。 私たちは、船を下りると、すぐ旅装(りょそう)を調えて、ヒルテイの村に出発したのであります。 実は私は日本から出ました際には、ニュウファウンドランドへさえ着いたら、誰(たれ)の眼(め)もみなそのヒルテイという村の方へ向いてるだろう、世界中から集った旅人が、ぞろぞろそっちへ行くのだろうから、もうすぐ路(みち)なんかわかるだろうと思って居(お)りました。 ところが、船の中でこそ、遇然(ぐうぜん)トルコ人六人とも知り合いになったようなもの、実際トリニテイの町に下りて見ると、どこにもそんなビラが張ってあるでもなし、ヒルテイという名を云う人も一人だってあるでなし、実は私も少し意外に感じたので〔以下原稿数枚なし〕

は町をはなれて、海岸の白い崖(がけ)の上の小さなみちを行きました、そらが曇(くも)って居りましたので大西洋がうすくさびたブリキのように見え、秋風は白いなみがしらを起し、小さな漁船はたくさんならんで、その中を行くのでした。 落葉松(からまつ)の下枝(したえだ)は、もう褐色(かっしょく)に変っていたのです。

トルコ人たちは、みちに出ている岩にかなづちをあてたり、がやがや話し合ったりして行きました。 私はそのあとからひとり空虚(から)のトランクを持って歩きました。 一時間半ばかり行ったとき、私たちは海に沿った一つの峠(とうげ)の頂上に来ました。

「もうヒルテイの村が見える筈(はず)です。」 団長の地学博士が私の前に来て、地図を見ながら英語で云いました。 私たちは向うを注意してながめました。 ひのきの一杯(いっぱい)にしげっている谷の底に、五つ六つ、白い壁(かべ)が見えその谷には海が峡湾(きょうわん)のような風にまっ蒼(さお)に入り込(こ)んでいました。

「あれがヒルテイの村でしょうか。」 私は団長にたずねました。 団長は、しきりに地図と眼の前の地形とくらべていましたが、しばらくたって眼鏡(めがね)をちょっと直しながら、

「そうです。 あれがヒルテイの村です。 私たちの教会は、多分あの右から三番目に見える平屋根の家でしょう。

序章-章なし
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ビジテリアン大祭 - 情報

ビジテリアン大祭

ビジテリアンたいさい

文字数 31,968文字

著者リスト:
著者:宮沢 賢治

底本 新編 銀河鉄道の夜

青空情報


底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年6月15日発行
   1994(平成6)年6月5日13刷
入力:土屋隆
校正:高柳典子
2007年1月6日
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:ビジテリアン大祭

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