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怪談牡丹灯籠 04 怪談牡丹灯籠

著者:三遊亭圓朝

かいだんぼたんどうろう - さんゆうてい えんちょう

文字数:121,174 底本発行年:1963
著者リスト:
著者三遊亭 円朝
校訂者鈴木 行三
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序章-章なし

寛宝かんぽう三年の四月十一日、まだ東京を江戸と申しました頃、湯島天神ゆしまてんじんやしろにて聖徳太子しょうとくたいし御祭礼ごさいれいを致しまして、その時大層参詣さんけいの人が出て群集雑沓ぐんじゅざっとうきわめました。 こゝに本郷三丁目に藤村屋新兵衞ふじむらやしんべえという刀屋かたなやがございまして、その店先には良い代物しろものならべてある所を、通りかゝりました一人のお侍は、年の頃二十一二ともおぼしく、色あくまでも白く、眉毛ひいで、目元きりゝっとして少し癇癪持かんしゃくもちと見え、びんの毛をぐうっと吊り上げて結わせ、立派なお羽織に結構なおはかまを着け、雪駄せった穿いて前に立ち、背後うしろ浅葱あさぎ法被はっぴ梵天帯ぼんてんおびを締め、真鍮巻しんちゅうまきの木刀を差したる中間ちゅうげんが附添い、此の藤新ふじしんの店先へ立寄って腰を掛け、ならべてある刀を眺めて。

侍「亭主や、其処そこの黒糸だか紺糸だか知れんが、あの黒い色の刀柄つか南蛮鉄なんばんてつつばが附いた刀は誠にさそうな品だな、ちょっとお見せ」

亭「へい/\、こりゃお茶を差上げな、今日は天神の御祭礼で大層に人が出ましたから、定めし往来はほこりさぞお困りあそばしましたろう」

と刀のちりを払いつゝ、

亭「これは少々装飾こしらえれて居りまする」

侍「成程少しれてるな」

亭「へい中身なかごは随分おもちいになりまする、へいお差料さしりょうになされてもおに合いまする、お中身もおしょうたしかにお堅い品でございまして」

と云いながら、

亭「へい御覧遊ばしませ」

差出さしだすを、侍は手に取って見ましたが、旧時まえにはよくお侍様が刀をす時は、刀屋の店先で引抜ひきぬいて見て入らっしゃいましたが、あれはあぶないことで、しお侍が気でも違いまして抜身ぬきみ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)ふりまわされたら、本当に危険けんのんではありませんか。 今此のお侍も本当に刀をるお方ですから、中身なかご工合ぐあいから焼曇おちの有り無しより、差表さしおもて差裏さしうら鋩尖ぼうしさき何やや吟味致しまするは、流石さすがにお旗下はたもとの殿様の事ゆえ、通常なみ/\の者とは違います。

侍「とんだ良さそうな物、拙者せっしゃ鑑定かんていするところでは備前物びぜんもののように思われるがうじゃな」

亭「へい良いお鑑定めきゝいらっしゃいまするな、恐入りました、おおせの通り私共わたくしども仲間の者も天正助定てんしょうすけさだであろうとの評判でございますが、しい事には何分無銘むめいにて残念でございます」

侍「御亭主やこれはどの位するな」

亭「へい、有難う存じます、お掛値かけねは申上げませんが、只今も申します通り銘さえございますれば多分の価値ねうちもございますが、無銘の所できん拾枚でございます」

侍「なに拾両とか、ちっと高いようだな、七枚半にはまからんかえ」

亭「どう致しまして何分それでは損が参りましてへい、なか/\もちましてへい」

しきりに侍と亭主と刀の値段の掛引かけひきをいたして居りますと、背後うしろかたで通りかゝりの酔漢よっぱらいが、此の侍の中間ちゅうげんとらえて、

「やい何をしやアがる」

と云いながらひょろ/\とよろけてハタと臀餅しりもちき、ようやく起きあがってひたいにらみ、いきなり拳骨げんこつふる丁々ちょう/\と打たれて、中間は酒のとが堪忍かんにんして逆らわず、大地に手を突きこうべを下げて、しきりにびても、酔漢よっぱらいは耳にも懸けずたけり狂って、なおも中間をなぐりるを、侍はト見れば家来の藤助だから驚きまして、酔漢にむか会釈えしゃくをなし、

侍「何を家来めが無調法ぶちょうほうを致しましたか存じませんが、当人に成りかわわたくしがおわび申上げます、何卒なにとぞ御勘弁を」

酔「なに此奴こいつは其の方の家来だと、しからん無礼な奴、武士の供をするなら主人の側に小さくなってるが当然、しかるになん天水桶てんすいおけから三尺も往来へ出しゃばり、通行のさまたげをして拙者をあたらせたから、むを得ず打擲ちょうちゃくいたした」

侍「何もわきまえぬものでございますればひとえに御勘弁を、手前成り代ってお詫を申上げます」

酔「今この所で手前がよろけたとこをトーンとき当ったから、犬でもあるかと思えば此の下郎げろうめが居て、地べたへ膝を突かせ、見なさる通りこれ此の様に衣類を泥だらけにいたした、無礼な奴だから打擲ちょうちゃく致したが如何いかゞ致した、拙者せっしゃの存分に致すから此処こゝへお出しなさい」

侍「此の通り何も訳のわからん者、犬同様のものでございますから、何卒なにとぞ御勘弁下されませ」

酔「こりゃ面白い、初めてうけたまわった、侍が犬の供を召連めしつれて歩くという法はあるまい、犬同様のものなら手前申受もうしうけて帰り、番木鼈まちんでも喰わしてろう、何程なにほど詫びても料簡は成りません、これ家来の無調法を主人がわぶるならば、大地だいじへ両手を突き、重々じゅう/″\恐れ入ったとこうべつちに叩き着けてわびをするこそしかるべきに、なんだ片手に刀の鯉口こいぐちを切っていながら詫をするなどとは侍の法にあるまい、何だ手前は拙者を斬る気か」

侍「いや是は手前が此の刀屋で買取ろうと存じまして只今中身なかごて居ましたところへ此の騒ぎに取敢とりあえず罷出まかりでましたので」

酔「エーイそれは買うとも買わんとも貴方あなた御勝手ごかってじゃ」

のゝしるを侍はしきりにその酔狂すいきょうなだめてると、往来の人々は

「そりゃ喧嘩だあぶないぞ」

「なに喧嘩だとえ」

「おゝサ対手あいては侍だ、それは危険けんのんだな」

と云うを又一人が

「なんでげすねえ」

「左様さ、刀を買うとか買わないとかの間違だそうです、よっぱらっている侍が初め刀にを附けたが、高くて買われないでところへ、此方こちらの若い侍が又その刀に価を附けた処から酔漢よっぱらいおこり出し、おれの買おうとしたものを己に無沙汰ぶさたで価を附けたとか何とかの間違いらしい」

と云えば又一人が、

「なにサ左様そうじゃアありませんよ、あれは犬の間違いだアね、己のうちの犬に番木鼈まちんを喰わせたから、その代りの犬を渡せ、また番木鼈を喰わせて殺そうとかいうのですが、犬の間違いは昔からよくありますよ、白井權八しらいごんぱちなども矢張やっぱり犬の喧嘩からあんな騒動に成ったのですからねえ」

序章-章なし
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怪談牡丹灯籠 - 情報

怪談牡丹灯籠 04 怪談牡丹灯籠

かいだんぼたんどうろう 04 かいだんぼたんどうろう

文字数 121,174文字

著者リスト:
校訂者鈴木 行三

底本 圓朝全集 巻の二

青空情報


底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
   1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2010年2月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:怪談牡丹灯籠

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