チャンス
著者:太宰治
チャンス - だざい おさむ
文字数:8,312 底本発行年:1975
人生はチャンスだ。
結婚もチャンスだ。
恋愛もチャンスだ。
と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。
私は別段、れいの唯物論的弁証法に
しからば、恋愛とは何か。
私は言う。
それは非常に恥かしいものである。
親子の間の愛情とか何とか、そんなものとはまるで違うものである。
いま私の机の傍の辞苑をひらいて見たら、「恋愛」を次の
「性的衝動に基づく男女間の愛情。 すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛。」
しかし、この定義はあいまいである。
「愛する異性」とは、どんなものか。
「愛する」という感情は、異性間に於いて、「恋愛」以前にまた別個に存在しているものなのであろうか。
異性間に於いて恋愛でもなく「愛する」というのは、どんな感情だろう。
すき。
いとし。
ほれる。
おもう。
したう。
こがれる。
まよう。
へんになる。
キリストの愛、などと言い出すのは
つぎにまた、あいまいな点は、「一体になろうとする特殊な性的愛」のその「性的愛」という言葉である。
性が主なのか、愛が主なのか、卵が親か、鶏が親か、いつまでも循環するあいまい