ア、秋
著者:太宰治
ア、あき - だざい おさむ
文字数:1,466 底本発行年:1975
本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。
「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。
トンボ。 スキトオル。 と書いてある。
秋になると、
秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。 と書いてある。 焦土である。
夏ハ、シャンデリヤ。 秋ハ、燈籠。 とも書いてある。
コスモス、無残。 と書いてある。
いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに大震災の写真があった。
一面の焼野原、市松の
秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。 と書いてある。
夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。
耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、
秋は、ずるい悪魔だ。
夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。
僕くらいの
怪談ヨロシ。 アンマ。 モシ、モシ。
マネク、ススキ。 アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。
路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。