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大塩平八郎

著者:森鴎外

おおしおへいはちろう - もり おうがい

文字数:45,876 底本発行年:2000
著者リスト:
著者森 鴎外
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序章-章なし

一、西町奉行所

天保てんぱう八年丁酉ひのととりとし二月十九日の暁方あけがた七つどきに、大阪西町奉行所にしまちぶぎやうしよの門をたゝくものがある。 西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手おほての方角から、内本町通うちほんまちどほりを西へ行つて、本町橋ほんまちばしに掛からうとする北側にあつた。 此頃はもう四年前から引き続いての飢饉ききんで、やれ盗人ぬすびと、やれ行倒ゆきだふれと、夜中やちゆうも用事がえない。 それにきのふの御用日ごようびに、月番つきばん東町ひがしまち奉行所へ立会たちあひつて帰つてからは、奉行堀伊賀守利堅ほりいがのかみとしかたは何かひどく心せはしい様子で、急に西組与力にしぐみよりき吉田勝右衛門かつゑもんを呼び寄せて、長い間密談をした。 それから東町奉行所との間に往反わうへんして、けふ十九日にあるはずであつた堀の初入式しよにふしきの巡見が取止とりやめになつた。 それから家老中泉撰司なかいづみせんしもつて、奉行所詰ぶぎやうしよづめのもの一同に、夜中やちゆういへども、格別に用心するやうにと云ふたつしがあつた。 そこで門をたゝかれた時、門番がすぐに立つて出て、外に来たものの姓名と用事とを聞き取つた。

門外に来てゐるのは二にんの少年であつた。 にんは東組町同心どうしん吉見九郎右衛門よしみくらうゑもんせがれ英太郎えいたらう、今一人は同組同心河合郷左衛門かはひがうざゑもんの倅八十次郎やそじらう名告なのつた。 用向ようむきは一大事があつて吉見九郎右衛門の訴状そじやうを持参したのを、ぢきにお奉行様ぶぎやうさまに差し出したいと云ふことである。

上下共じやうげとも何か事がありさうに思つてゐた時、一大事と云つたので、それが門番の耳にも相応に強く響いた。 門番は猶予いうよなく潜門くゞりもんをあけて二人の少年を入れた。 まだあかつきしらけた光が夜闇よやみきぬわづか穿うがつてゐる時で、薄曇うすぐもりの空の下、風の無い、沈んだ空気の中に、二人は寒げに立つてゐる。 英太郎えいたらうは十六歳、八十次郎やそじらうは十八歳である。

「お奉行様にぢきに差し上げる書付かきつけがあるのだな。」 門番は念を押した。

「はい。 ここに持つてをります。」 英太郎がふところゆびさした。

「お前がその吉見九郎右衛門のせがれか。 なぜ九郎右衛門が自分で持つて来ぬのか。」

「父は病気で寝てをります。」

一体いつたい東のお奉行所づきのものの書付かきつけなら、なぜそれを西のお奉行所へ持つて来たのだい。」

「西のお奉行様にでなくては申し上げられぬと、父が申しました。」

「ふん。 さうか。」 門番は八十次郎やそじらうの方に向いた。 「お前はなぜ附いて来たのか。」

「大切な事だから、間違まちがひの無いやうに二人ふたりけと、吉見のをぢさんが言ひ附けました。」

「ふん。 お前は河合と言つたな。 お前の親父様おやぢさまは承知してお前をよこしたのかい。」

「父は正月の二十七日に出たきり、帰つて来ません。」

「さうか。」

門番は二人の若者に対して、こんな問答をした。 吉見の父が少年二人を密訴みつそに出したので、門番も猜疑心さいぎしんを起さずに応対して、かへつて運びが好かつた。 門番の聞き取つた所を、当番のものが中泉なかいづみに届ける。 中泉が堀に申し上げる。

序章-章なし
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大塩平八郎 - 情報

大塩平八郎

おおしおへいはちろう

文字数 45,876文字

著者リスト:
著者森 鴎外

底本 鴎外歴史文学集 第二巻

青空情報


底本:「鴎外歴史文学集 第二巻」岩波書店
   2000(平成12)年10月10日発行
入力:kompass
校正:小林繁雄
2001年12月13日公開
2004年11月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:大塩平八郎

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