秋風記
著者:太宰治
しゅうふうき - だざい おさむ
文字数:7,937 底本発行年:1975
立ちつくし、
ものを思へば、
ものみなの物語めき、 (生田長江)
あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。 私は、物語の洪水の中に住んでいる。 役者になれば、よかった。 私は、私の寝顔をさえスケッチできる。
私が死んでも、私の死顔を、きれいにお化粧してくれる、かなしいひとだって在るのだ。 Kが、それをしてくれるであろう。
Kは、私より二つ年上なのだから、ことし三十二歳の女性である。
Kを、語ろうか。
Kは、私とは別段、血のつながりは無いのだけれど、それでも小さいころから私の家と往復して、家族同様になっている。 そうして、いまはKも、私と同じ様に、「生れて来なければよかった。」 と思っている。 生れて、十年たたぬうちに、この世の、いちばん美しいものを見てしまった。 いつ死んでも、悔いがない。 けれども、Kは、生きている。 子供のために生きている。 それから、私のために、生きている。
「K、僕を、憎いだろうね。」
「ああ、」Kは、厳粛にうなずく。 「死んでくれたらいいと思うことさえあるの。」
ずいぶん、たくさんの身内が死んだ。
いちばん上の姉は、二十六で死んだ。
父は、五十三で死んだ。
末の弟は、十六で死んだ。
三ばん目の兄は、二十七で死んだ。
ことしになって、そのすぐ次の姉が、三十四で死んだ。
どうしても、死ななければならぬわけがあるのなら、打ち明けておくれ、私には、何もできないだろうけれど、二人で語ろう。 一日に、一語ずつでもよい。 ひとつきかかっても、ふたつきかかってもよい。 私と一緒に、遊んでいておくれ。 それでも、なお生きてゆくあてがつかなかったときには、いいえ、そのときになっても、君ひとりで死んではいけない。 そのときには、私たち、みんな一緒に死のう。 残されたものが、可哀そうです。 君よ、知るや、あきらめの民の愛情の深さを。
Kは、そうして、生きている。
ことしの晩秋、私は、